挙句

 実は、母を見舞った施設から出た時に、僕は結構きつい質問を浴びせられた。「お父さんが、おばあさんの歳になったら、家とここ、どちらがいいですか?」と言うものだった。僕が彼女たちを面会室だけでなく施設の中まで案内したのは、日本の実情を知ってもらいたかったからだ。大きな広間に老人がすることもなくテーブルに配置され、あるものは居眠りをし、あるものは虚空を見つめ、あるものは若い介護職員とボールを投げあい、あるものは奇声を発し続けていた。一日中、流れない時間に抗うように孤独がためらい続けている景色だ。  その質問に、かつて母が僕に言っていたと同じ言葉をためらうことなく繰り返した。「若い人の迷惑になってはいけないから、お父さんは施設に入ってもいいんよ」と。2年前最後までためらい続け、そして辛い決断をしたけれど、それしかなかったと今は思っている。今いる6人で、薬局業務以外に母を気遣い続ける余裕はない。一人も抜けることができないぎりぎりのスタッフなのだ。転倒、骨折、下手をしたら転落の危険と四六時中向き合っている状態を、介護素人の家族では管理しきれないだろう。そこは感情がむしろ阻害因子になってしまい、業務で管理するほうが安全はむしろ保証される。快適と安全が時には相対し、時には止揚し、それだからこそ下した判断に脅迫し続けられた。  かの国の場合はどうなのかと二人に尋ねた。「余りない」と言う返事がめったにないのか、一つもないのか分からなかった。そこで具体的に尋ねてみた。日本語がまだできない女性は「キョウ オバアサン ゲンキ アシタ オバアサン シヌ」と答え、もう一人は「私のおじいさんも同じ。元気だったのに、1日で死んだ」と答えた。伝わったかどうか分からないがゼスチャーを交えながら「脳梗塞心筋梗塞だろうね。そんな死に方を日本ではいい死にと言うんよ」と説明すると二人は頷いていた。確かに今奈良にいる子が牛窓で体調をくずしていたときに「〇〇〇〇人は吐いた時と倒れた時にしか病院に行かない」と言っていたがまさにその通りだ。長患いしない国に確かに特別養護老人ホームなど必要ないだろう。日本は健康寿命と本当の寿命に10年前後の開きがあるから、「いい死に」はもはや高嶺の華なのかもしれない。貪欲の挙句が悲惨な最期と言うことになる。  永遠に続くと思われた時間の中で溺れていた青春時代に、少しばかり想像力を働かせておけばよかったと、虫のいい想いが頭を持ち上げる。