女優

 かかとの荒れを治したい理由が、結婚式に出席するときに夏用のサンダルを履くから他の人に見えてしまうと言う心配からだった。50歳を回っているのにそんなもの放っておけばよいと思ったが、そこは本来的に優しい僕だからそんなことは言わない。「かかとなんか誰が見るもんか。あんたは女優か」どうだ、この優しい心配り。 早く綺麗に治してと言うからその理由を尋ねたら、足の爪のマニキュアを塗ってもらうのに汚いかかとを見せるのは申し訳ないとまた、同じような理由を教えてくれた。そこで又僕は優しく声をかけた。「あんたは女優か!」 どうも僕には解せない。女優でみんなの視線を集めるのでもないし、好きな男性がいるのでもないのに、一体誰の視線を意識してこんなにおしゃれをするのだろう。それとも対象は必要なくておしゃれ自体が目的化しているのだろうか。かなり過酷な仕事をしている女性だから健康にはかなり気を使って、漢方薬をもう10年以上飲んでいて嘗てとはうって変わって元気そのものなのだが、最近は健康より美容に関しての要求が強くなった。そこまで体力に余裕が出たって事かもしれないが、こと美容に関しては僕はほとんど脳がなくて手伝ってあげれることがかなり限られている。最近は娘がその種の訴えに対処してくれるから僕も悪態をつかなくてすんでいる。  娘のおかげではないだろうが、どう見てもヤマト薬局に来るようには見えない若くて華やかな娘さん達が毎日のようにやってきてくれる。全員のお目当てが娘夫婦が作っている汗止めローションだ。汗の臭いが650円で気にならなくなるからとても喜んでくれて、口コミで広がっているらしい。最近はファッション雑誌から出てきたような若い女性が入ってくると、僕は最初から応対しないことにしている。せっかくのローションが効くものも効かなそうに見えるから。  どうやら僕にはかかとの荒れより心の荒れの方が似合っているらしいし、脇の汗より冷や汗のほうが似合っているらしい。不得手なことには首をつっこまない方が無難だ。どうせか細い一本道しか歩いてこなかったのだから。