裏表

 裏表があるのは人間だけかと思っていたら、木にもあるらしい。1年に1回、近所の大邸宅に庭木の剪定のためにやって来る職人さんが言っていた。いわゆる植木職人さんなのだろうか、毎年この時期に「暑い、暑い」と言いながら栄養ドリンクをのみにやってくる。昔はこんな人が薬局には一杯来ていたのだが今は珍しい。栄養ドリンク一杯で長い会話を楽しむような人達だ。まるで喫茶店に来ているかのような感じで長時間居座る。昔の薬局は病院の薬を作るようなことがなかったからいつも無防備で、エンドレスのホラ話に良く付き合わされたものだ。 もう引退してもいい年齢なのだが、お得意さんが離してくれないらしい。それどころか口コミでまだ客が増えている。口コミの理由は本人曰く安くて早いのだそうだ。おまけに出来映えがいいと来ているから、お客さんは離さないだろうし、紹介も良くしてくれるらしい。口べたなのに話し好きと来ているから言わんとしていることをかなりこちらが汲まないと、時間がいくらあっても足らない。どうやら彼の今日のテーマは、木のことが本当に分かって剪定している昔ながらの職人がいなくなったという嘆きのようだ。その話の中で出てきたのが木の表裏だ。自分の身体で表現して見せたが、人間の身体の表裏と似ていた。見る人に表を見せなければならないのに、今の業者はそんなことを理解せずにただ植えるだけだから、見て美しくないのだそうだ。そう言ったずさんな植木の修復にもしばしば呼ばれるらしい。そこで道理を説明をしてあげるとえらく依頼主に喜ばれておひねりも頂けるのだそうだ。  そのほかにも3本木を植えるときは、不等辺三角形にしないとどこかの角度では木が重なってしまうからだめだとか、主なる木があってそれに従う木があるなどと、まるで人生の教訓を述べているような内容だった。  話を聞いていてどの業種にも共通した時代の流れを感じた。僕は薬局のことしか分からないが、一人一人の患者さんの訴えを聞いて薬を合わせていく作業が出来る薬局(薬剤師)が減っていることと重なって聞こえた。棚に一杯薬を並べて、その中から合いそうなものを取ってもらい、良い目が出るか悪い目が出るか博打みたいな職業に成り下がっているのが主流では嘆かわしい。健康に寄与するのではなく消費させることが主なる目的だから似て非なるものだが、同じ薬を扱うものとしては植木職人と同じ感慨を持っている。薬には裏表はないけれど、薬を扱う人間や企業には裏表は付き物だ。残念ながら、表のない裏がないように裏のない表もない。