簡単

 基準を都合良く変えるのは権力の常套手段だ。ついこの前まで平和に暮らしていた時に浴びてもいい放射線量を勝手に20倍にした。これを超えてはいけないと言う数字の20倍まで許すというのは、明らかに加害者を守るための変更だ。東電を守るためなら10年後、20年後、いやひょっとしたら逆に早まるかもしれない発ガンを、国民に受け入れさせるらしい。原子力の会社からどれだけの資金が出て今までうまい汁を吸ってきたか良く分かる。今まで一緒になってうまい汁を吸った政党の黙りも、これから相伴にあずかろうとしていた政党の腐った根性ももううんざりだ。高村薫の政治なんかに頼らない生き方を肝に銘ずる。  こんな生き方を淡々と実践しているのが京都大学小出裕章先生だ。多くの方がユーチューブから流れる解説を毎日今か今かと待っているのではないか。誰も真実を語ろうとしない中で、隠そうとしている中で、歪曲しようとしている中で、あの先生だけが信じられる。その根拠は、どの権力にも寄生することなく、自分自身も権力になることも拒否しているところだろう。僕らの世代、いやもう少し上の世代の人の多くは同じ志で同時代を生きた。それが歳月と共に、自分が拒否していたそのものに変質していった。多くを持ち多くを守ろうとしたからそれはそれで仕方ないし当然かもしれないが、情報を私物化して庶民の生命を脅かしてはいけない。  それにしても久々に気骨のある人物に出会えた様な気がする。そうした生き様を垣間見ることによって目を覚ました人もいるだろう。嘗てはそのミニチュア番なら身近に一杯いたのだが、人の生き様や心証まで数値化する風潮にもろくも自滅した。弱い側に立つ。こんな簡単なことが出来ないのだろうか。