職業

 1枚の紙の中に数カ所、住所と薬局名と僕の名前を書いて印鑑を押した。そして理由欄と言うところに「失念」と書いて下さいと言われた。最初滅多に使わない言葉だから意味が良く分からずに「失恋?」と聞き返したが、税務署の書類にまさか失恋はないだろうと、失念に考えが至りそう書いた。書きながら余り意味もぴんと来なかった。僕は完全に無知で犯した失敗だから「無知」と書きたかったが、書きようによっては訂正の金額に差が付くことを教えてもらい、不本意ながら失念と書いた。 昨日から税務署の査定?を受けた。別に悪いことをしているのではなく、15年も税務署が調べに来ていないからもうそろそろですと税理士さんが教えてくれた。お金の面で悪いことをするだけの知識がないから、ただひたすら働いて、経理は妻と税理士さんに任せている。僕の給料を何十年も見たことがないが、日曜日の昼ご飯代をもらえれば別に不自由もしない。もっとも最近はコンビニでおにぎりを二つ買うだけだから、500円ももらえれば足りるのだが。 税務署の人が初日訪ねてきて、この種の人の世話をしたことがないことに気がついた。余程ストレスがない職業ですねと言うとそうでもないらしい。幸せそうな温厚そうな顔をしている人だったから余計にそう見えたのかも知れないが、実際には自宅の電話番号を公表できないくらいのストレスはあるみたいだ。与えるのではなく、取る職業だから仕方ないのかもしれないが、出来れば穏やかに生活したいものだ。壊すよりは作る方を、責めるよりは許す方を選択すれば心穏やかに職責を全うできるのかもしれないと、もくもくと作業をするその人を見ていて思った。