平穏

 どことなく見覚えがあるが、姉妹がいたからその子だとハッキリは断定は出来なかった。がっちりした体つきで、返事を始め、出る言葉が如何にも体育会系で気持ちがいい。お母さんが最初その子に代わりに僕の質問に答えようとしていたが、すべて僕は本人に向かって話しかけた。 小学3、4年生の頃の彼女を、スポーツ少年団で指導したことがある。当時小柄だった印象はあったが、今はその面影はない。だから目の前の子が当時の小学生とハッキリと結びつかなかったのかもしれない。今何をしているのと尋ねたら「バレーボールです」と答えたので確信した。高校の寮に入ってバレーに打ち込んだみたいだ。春高バレーは強豪校に阻まれてついに出れずじまいだったらしいが、それでも県のベスト4くらいの実力校でキャプテンをしていたらしい。道理で受け答えがしっかりしていた。10年近くぶりだから、もっとうち解けた言葉遣いをすればいいのにと思ったが、最後まで体育会系で通した。それでも笑顔をたやさずにこちらも心地よかった。お母さんに「よい子に育ったね」と言うと、ニッコリとして「そう思う、素直でいい子よ」とこれ又素直に肯定した。  「自分もいい子に育ったなあ」と今度は母親に同じ事を言った。懸命に働いてお子さんを育てているのはよく知っていたが、こんなにしっかりしたお嬢さんに育てたのはあっぱれだ。若いときからよく知っているお母さんだが、どこか弱音を吐いたり、弱みを見せたりするのが苦手な子で、気が気でならなかった。いつかぽきんと折れてしまうのではないかとこちらが心配するほど、ビンビンに気を張って生きていた。年齢と共に角が取れてきて、最近はやっと安心してみておれるようになった。 田舎に暮らしていると、薬局だけではない他の接点も生まれてくる。そうした接点が交錯するところに色々な人間模様を見せてもらえるが、こうしたほっとするような気が休まる光景はいいものだ。田舎に暮らしても緊張を強いられる場面は枚挙にいとまがない。それでも尚都会で暮らす人よりは緊張の度合いが低いだろうと、数少ない長所を捜して慰める。音のない夜も、明かりのない夜も、平穏を完全に保証することは出来ないのだから。