東大

 数年前その家族がよその町から漢方薬を取りに来てくれた頃、僕は「○○市で一番幸せ家族だろう」と言ったことがある。半分冗談だが、半分は結構あたっているのではないかと思っていた。どうやらそれはあたっていたようだ。 今日久しぶりにお母さんと息子さんが一緒にやってきたので、受験がすんでどこかに合格したから僕にお礼を言いに来たのだと思った。手ぶらだから後からクロネコヤマトで持ちきれないほどのお礼が届くものと思っていたら、なんと浪人するという。だから手ぶらなのかとその時点で納得したのだけれど、後期試験で東大には合格したのだけれど、志望の医学部には落ちたので来年再挑戦するらしい。  来年の2月まで岡山には戻ってこないらしいから、その間に必要な漢方薬を取りに来たのだが、ほとんど漢方薬の話はしなかったような気がする。僕らレベルからすると、どの学部でも東大ならいいだろうと思うのだが、医学部以外なら東大という意味も彼にはないのだろう。「東大入学の権利を500万で譲って。1000万円で売ってもうけるから」と、たわいのない冗談を言い合って楽しい時間を過ごした。  僕の薬局は底辺薬局を自認しているのだが、最近時々かなり優秀な人が紛れ込んでくる。ただ、幸運なことに鼻持ちならない人間はやってこないからまだ救われる。今日の彼にしたって、優秀さの片鱗は受け答えに良く出て察することは出来るのだが、どちらかというと完全お宅なのだ。鉄道に関してはすごい知識らしくて、駅は勿論時刻表まで分かるそうだ。高校生の経済のクイズでも優勝したのか新聞に出ていたりしたから、まんざら受験まっしぐらではなかったみたいだ。ごく普通の田舎の不良薬剤師とも楽しく話が出来るから、人格を置き去りにしてもいない。旨く育ったのか、旨く育てたのか分からないが、ほのぼのとした家庭の雰囲気もまた、彼の財産だ。  それにしても○○市で一番の冷え性のお母さんから、あんなに優秀で部分的に熱いお子さんがよく生まれたものだ。