無防備

 およそ20年ぶりくらいに牛窓署に帰って来た警察官がいる。妻の親類にあたる人で、転勤する前まではよく我が家にも寄っていた。県内を何箇所も転勤を繰り返していたらしいが、いよいよ最後の御奉公の場所として牛窓に帰ってくることが許されたらしい。牛窓署に帰って早速挨拶に来てくれたらしいが、丁度僕がいなくて、名乗らずに帰ったらしい。当然応対した娘婿など知るよしもなく、僕に報告してくれることもなかった。漢方薬をとりに来た人くらいの認識だったのだろう。  4月から牛窓署に帰って来たのだが、なんとも牛窓は静かで事件が少ないみたいだ。夜の8時になれば深夜だし、仮眠も十分取れる。牛窓と同じくらいの規模の署もいくつか経験しているが、牛窓署は圧倒的に静からしい。牛窓より規模が小さいところでも事件がしばしば発生して忙しかったところもあると教えてくれた。都市部になったらいわんやおやだ。僕に、20年近くの間に牛窓も過疎化して大変でしょうと言ってくれたが、僕は全く大変ではなく、むしろ住みやすくて歓迎だと答えた。すると彼も、「環境はお金で買えないし、海や空気もお金で買えないから価値があります」と言った。それはそうだろう、彼はそれに価値を置いて牛窓に20年前に家を建て、単身赴任で県内を回っていたのだから。  彼の脳裡には、薬局をやっていくにはかなりのハンディーがある土地と映ったのだろう。確かにその側面はある。薬局の前を一日何人の人が歩くだろう。だけどそれよりも僕が重視するのは、薬局の前を一日何人の悪人が歩くだろうということだ。ほとんどゼロに近いのではないか。そうした心の平安こそがお金では買えないはるかに高尚な価値なのだ。まるで無防備で安心して過ごす事が出来る、この脱力感に勝る恵みはない。  専門用語を駆使して何かを売りつける、医者におべっかを使って処方箋をまわしてもらう、どちらも僕がやりたくないことだ。まるで冗談のように、しかししたたかに健康を取り戻す。そうした営業が許されることに感謝だ。