喉元

 事務所から薬局部分に移るときは、間口1間くらいの開口部を通る。そこには直径2mmくらいの紐で出来たすだれがかかっている。戸で区切ると閉塞感があるし、事務所が丸見えでも居心地が悪い。そこで娘が紐を何本もたらしたすだれを買ってきて暖簾代わりに掛けた。さすがにしゃれていて、奥が見えるか見えないか位で、狭苦しさを感じさせない。  事務所は1段高くなっていて、降りる感じで薬局に出るのだが、急いでいたのだろう、手ですだれをかき分けることをせずに、顔で分けながら薬局に出ようとした。すると細い紐が何本も先のほうで絡まっていたらしくて輪っかになっていて、喉仏に紐を当てたまま、思いっきり後ろに引っ張られたような格好になった。のけぞるような感じだ。その一瞬だが、苦しいと思ったし、痛いと思った。一瞬だが息は止まっていた。  喉に絡まっていた紐を取り払い、調剤をしたのだが、30分くらい違和感があった。紐を引っ張った首は痛かったが、なんとなく息苦しかった。そこで僕は水平方向の首吊りをやったのだと思った。首吊りのメカニズムを知らないし、知りたくないからあえてインターネットで探さないが、あれはきっと軽い首吊りだったのだと思った。あれが垂直方向だったら立派な首吊りだったに違いない。ニュースで首をつって死んだと報道されることが多いが、これなら意外と簡単で、子供でも出来るんだと思った。そして恐らく、想像したほど苦しまない。だから多くの国で合法的に古今東西採用してきた方法なのだ。  ふとしたことで、珍しい体験をし、思いを巡らしてみたが、喉もと過ぎても忘れないだろう体験だった。