冷凍庫

 歯医者さんで治療を終えて受付に出てきたら、知っている人が次の患者として待っていた。時々薬を買いに来る人で、僕より一回り以上は大きいだろうか。天候の挨拶を終えると歯医者さんで会ったのだから当然のように歯の話になった。  お互い歯の手入れを丁寧にしてこなかったことを悔やんだのだが、彼の場合は僕と手入れをしなかった程度が違う。僕は1日3回歯を磨くように手入れはよくしているが、なにぶん甘党だから体の中から虫歯を作っているようなものだ。ただ彼は違う。理由を聞いて仰天した。そんなことが僕のちょっと上の世代ではごく当たり前のようにあったのだと驚いた。ほんの少しの差でこんなに生活の仕方が異なっていたんだと、歴史を少しばかり垣間見た気がする。  彼曰く、若いときに歯を磨いたことはないのだそうだ。「歯を悪くする食べ物なんか当時は何もなくて、芋ばっかり食べていたんじゃから」とその理由を教えてくれたが、どこか後進国の話のように聞こえた。でもこれはなかなか示唆に富んでいる。驚いた僕に彼は続けた。「わしらが本格的に歯を磨きだしたのは50を過ぎてからじゃあ。時々は磨いていたけれど」と言う彼は、歯がかなりの数欠けている。「虫歯にはならなかったの?」と尋ねると「虫歯にはならんかったけど、歯槽膿漏でこれだけ抜けた」と口を大きく開けて見せてくれた。  当然と言えば当然だが、砂糖を制限すれば虫歯にはやはりなりにくいのだろう。そしてブラッシングを怠ったり、タバコを吸うと血流が悪化して歯周病になりやすいのだろう。こんな簡単な理屈どおりの2人が、悔いても歯は戻っては来ない。もしやり直せるなら、砂糖を絶って健康な歯を維持したい。と言いながら今喉が渇いたのでアイスクリームを食べながらパソコンに向かっている。もう一つ冷凍庫にある。