恐れ

 ある師は、ある男だけ可愛がった。側から見ていて誰の目にも明らかだった。他の弟子達は多いに不満だった。何故ならその男は決して、能力が秀でているわけでもなく、いやどちらかと言うと劣っている方だった。おまけに見かけも決して整っているとは言えなかったから。  ある日、師は全員に宿題を出した。明日のこの時間までに、誰にも見られない様に動物を殺し、死骸をここに持ってきなさいと。約束の時間までにその男以外は死骸を持って集まった。約束の時間どころかほとんどのものはもっと簡単に宿題を終え、早い時間から集まっていた。ところが約束の時間が来ても男は何も持たずに帰ってきた。皆は、彼の無能ぶりを笑い、師がなんと言い訳をするか、固唾を飲んで待っていた。師が男に問うた。「何故おまえは何も持って帰らなかったのだ?」男は答えて言った。「はい、宿題は誰にも見られずに動物を殺せでした。でも私が行くところには人はいませんでしたが、必ず神様がおられました。だから私は動物を殺すことが出来なかったのです」  科学の力は日常から恐れを奪った。自分たちを超越した存在、それは神様かもしれないし、自然そのものかもしれない。恐れを知らない人間が、やりたい放題をしている。社会のどの分野でも同じだ。誰がその恐れを現代では教えてくれるのだろう。