禅問答

 同僚や部下の不誠実が嫌になって、職場が苦痛に変ってきた。女性としてはほぼ最高位にいるのに、それを投げ打ってもいいという。それが証拠にかばんの中から辞表を見せてくれた。僕は初めて見たから、こんなものかと一瞬病気?の相談よりそちらのほうに興味が行きそうだった。  辞表を明日出すのに、相談内容が矛盾していた。「最近、仕事をやる気が全く出ないから、何とかやる気が出る漢方薬を作ってちょうだい」と言われて僕は困った。仕事を辞めようとしている人にやる気を出させていいのだろうか。「僕がやる気の出る漢方薬を作って、やる気が出たらどうするの?」と確認した。「それはもう、明日絶対辞表を出すんだから関係ないわよ」と。なら安心して作れるから、1週間分だけ作って飲んでもらうことにした。  ところが3日後くらいに職場から電話がかかってきた。日中に職場から電話がかかってくると言うことは、辞表を提出していないって事だ。と言うことは僕の漢方薬が効いて俄然やる気になったのだろうか。動悸がしたり寝れなかったり、汗が噴出したり、そんな症状も消えたのだろうか。答えは全くそのとおりで、「何を言われてもあまり気にならなくなったんです。これならやれると思うんですわ」と、手のひらを返すことに全く抵抗がない。これは喜ぶことなのだろうか。辞めたかったのに辞めなくてもいいかと思わせたのは、希望に沿うていないのか。やる気を出す漢方薬を作って、仕事を辞めたくなくしたのは、希望に沿うていないのか。  「最初から分かっていたんでしょう。私が辞めたくなかったのが」辞表をかばんから出されて、辞めたがってはいないとは思わなかった。そこまで追い込まれているのだから逃げるのもひとつの手段だと思った。ただ一杯喋った後に「なんだか話したらスッキリした」と言って薬局を出て行ったときには、辞めなくてすむかなくらいは感じた。まるで禅問答みたいな要望に、漢方薬なら応えることができる。