時計

 あの大都会の神戸で、ホテルの部屋が一室もあいていないなんて考えられないが、そう言うのだからそうなのだろう。どこででも寝ることが出来る息子は後輩の部屋に転がり込むらしい。「それだけ医者が多いってことじゃろう」といわば自嘲気味に言ったが、確かにコンビにより多いというのだから、さもありなん。  消化器学会では一番大きな大会らしくて内科と外科が集まるらしい。僕も牛窓に帰ってきた当初は勉強会に行くと言って、実はぶらぶらと岡山の街で遊んでいたようなこともあったが、さすがに漢方薬に出会ってからは、一言も漏らさないぞと、勉強会は皆勤で、講演の時間内はアンテナを張りっぱなしだった。人の行動で何よりも大切なのは動機だと思う。これさえはっきりと定まっていたら、ほとんどのことが苦痛ではない。ただこの動機に出会うのが僕は圧倒的に遅くて、多くの時間を浪費したと思う。その時間にどんな理屈を当てはめても、失った時間を取り戻すことは出来ない。  今、多くの若者と漢方薬を媒体に繋がっているが、僕が陥ったような青春の落とし穴から、より早く脱出して欲しいと思わずにはおれない。そうでないと僕のあの頃が本当の無駄で終わってしまう。内面の深い穴に落ちてそこで何かをつかんで這い上がってくる才能の持ち主ならいざ知らず、僕と同じような普通の人にとっては、単に無駄で終わってしまうこともある。このような危惧は、何とか社会に役に立てる最後に差し掛かって思うことだ。多くの青年たちが、早く壊れた時計から解放されるのを祈っている。