大見得

 やっと重い腰を上げてくれた。そのやっとも数年越しのやっとだからかなり重い。お嬢さんがアトピー皮膚炎でその事は勿論彼も分かっていたが、僕に治療を頼むことはなかった。ところが最近急激に悪化したらしく、さすがに見ておれなくなったのか、相談があるのだけれどと言って入ってきた。僕は、父親として真剣に取り組む覚悟があるのかどうか知りたかったので「毎月2万円持っておいで、治してあげるから」と言った。断っておくが僕は普段こんな物言いはしないし、自信家でもないから治療に関して断言なんかする勇気はない。ただ、この父親がお嬢さんのために一生懸命になって欲しかったので、敢えて決断を促すような言い方を選択した。経済的に無理がないことは知っているので、即答しない彼に次に投げかけた言葉は、「お嬢さんは、毎晩100カ所蚊に刺されているくらい痒くて辛いんだよ」と言うものだった。さすがにこの言葉で彼はお嬢さんの苦痛を具体的に想像できたのか、「漢方薬を作って」と言った。  恐らく今彼が初めてお子さんの健康に関心を持ったのではないかと思う。あまりに神経質すぎてもいけないが、あまりに無頓着もいけない。病気は忍耐を強いる場ではない。薬を持って帰った日の夜、偶然、全く偶然奥さんが彼に「○○○ちゃんは沢山蚊に刺されているくらい痒いんよ」と言ったらしい。その話を聞いて驚いた。なんて偶然なのだろうと。他にも痒みを表現する例などいっぱいありそうだけれど、同じ日に同じ例をひいたなんて。僕が素人的なのか、奥さんがプロ的なのか。  もしこの病気、トラブルさえなければ・・・多くの方が病気と対峙したときに必ず思うことだ。病気の前では人はみな謙虚になれる。それだけ健康は価値があるものなのだ。しかし、運良く克服できると、その謙虚さはどこかへ飛んでいく。それも仕方ないことだし、それもいいのかもしれない。解放されて一杯羽を伸ばしたいのが人情だ。長い間、羽を伸ばすことを忘れているそのお嬢さんが、心の底から大声で、涙が出るくらい笑っている姿を見てみたい。大見得を切った分、これからは僕が試される。