嫉妬

 クリスマスに、サンタクロースに扮してくれと頼まれたとき、台本も一緒にもらった。クリスマスの本当の意味を説くものだった。その台本を読んですぐ僕は決心した。台本は無視しようと。台本を作ってくれた人はとてもまじめな方で、台本は非の打ち所のないものだったが、何せ楽しくない。そのあたりも気を遣ってくれていて、一見楽しそうなのだが、僕の基準では真面目すぎた。おそらく2,3分ですむ内容を、アドリブで10分くらいは演じたと思う。130人くらい来ていたらしいが、会場に笑い声が絶えなかったから、僕の目的は達せられたと思う。その夜の僕の唯一の目的は、その場所に来てくれた人達が、一杯笑って帰ること。聖夜に尊き方のことを想うのは僕の出番ではない。僕はその後、一杯笑って身体の力を抜いてくれる人が一人でも多くいてくれることを望んだのだ。  正月にその場にいた人から年賀状をもらった。僕の楽天主義を誉めてくれていた。普段とは違う僕を見て驚いたようだ。ところが、そこの会場にいる人はほとんど僕の普段を知らない。僕の職業も知らないし、性格も本当は分かっていないと思う。僕は楽天主義ではない。その反対に位置する人間だと思う。ただ、僕が笑いを重視するのは、職業的なものなのだ。長い間、体調のすぐれない多くの人と接してきて、交感神経が亢進している状態ばかり見てきた。いわば戦闘状態の人ばかりなのだ。笑っている瞬間、身体中が弛緩する副交感神経優位の状態を、僕はいつも漢方薬で作りだしたいと思っている。笑っている状態を作り出せれたら、多くの人の不調が改善するのではないかと思っている。だから、薬局の中では、出来るだけ笑いながら治したいと思っているのだ。なけなしの知識を披露して、権威を演じても何の効果もない。何かを売りつけるのにはいいかもしれないが、逃げ道のない田舎の薬局では禁じ手だ。  僕はその方に返事を出した。僕は笑いに嫉妬しているのですと。薬剤師として、笑いにも勝てない薬を未だ作っているのですと。