奇跡

 朝、2匹の犬を連れて岸壁に立っていた。いつものように島の方に目をやると何かが違っていた。前島のある部分がかすんでいて、まるで透けたカーテン越しに眺めているようだったのだ。鮮明な部分が島の両端で、透けて見えるのが中央部だった。何故って思った瞬間、雲の中から、いくつものひかりの帯が海面めがけて、ぞれも定規で直線を引いたように落ちているのを見つけた。初めての経験のようにも思えなかったが、初めてそれを神秘的に感じたことだけは確かだ。過去にいつか自分の目で見たのか、あるいは写真やテレビの映像で観たものを記憶と勘違いしているのか分からないが、感動を持ってみたのは初めてだ。雲の切れ間から、放射状に光が海に落ちる光景は、それも大きな島のほとんどを飲み込むように落ちる光景は、一人だけで感激するにはもったいなさ過ぎると思った。僕が携帯電話でももつような人間ならそれを画像に収めることも出来たのだろうが、なにぶん携帯嫌いだからそんなことを残念がっても仕方ない。よし、それではこれを言葉で表現しようと思ってみたものの、夜までそのモチベーションは持ちそうになかった。結局、感動を独り占めすることに落ち着くのだが、昨日見た景色だが今でもはっきり頭の中で再現できる。  恐らく古来、人はそんな自然現象の神秘に神を感じたに違いない。現代に生きる僕がそこまで単純ではないが、僕は毎晩ただ一つの奇跡を願って祈っている。今年こそ、その奇跡が実現されますようにと、雲の切れ間から落ちる光の帯びにでも手を合わせたい。もう何もいらない。返すものがあれば何でも返す。ただ一つの願いを聞いてもらえれば。