千の風

 ある県会議員が、牛窓に視察に来たついでに寄ってくれた。僕が、肩書きを持った人とつきあえるのは彼だけだ。知り合った頃、県会議員ではなく普通のサラリーマンだった。そのうち国会議員の秘書になり、その後県会議員になった。全部彼が意図したことではなく白羽の矢が立って、ずるずるとその道に入っていったのだ。だから、肩書きがどんなに変わっても、最初のつき合いだけで繋がっているので、僕にとっては単なる「○○君」なのだ。ただ、さすがにその世界に生きる人間は情報を沢山持っていて、会えばほとんど彼が話す。僕は感心して聞いているだけだ。 彼のお嬢さんが亡くなってもう何年なのだろう。お返しの中に「千の風」が印刷されていた。初めて読んだ詩に親の愛情を感じて涙を誘われたものだ。生きていると言い聞かせないと子供を失った親は耐えれれないだろう。どこかで、違う世界かもしれないが一緒に生きていると言い聞かせながら、親は残りの人生を耐え抜くのだろう。その後、テノール歌手が唄い大ヒットした。その歌を聴くたびに、風になった人達のことを想う。また、風になった人を想う人を想う。  彼は僕に、残された時間を充実させて暮らしてくださいと言った。自身もいつまでも今の職業を続けるつもりが無く、考えていることがあるらしい。色々なものを観て来、経験してきた人間の助言だからか、妙に訴えるものがあった。時々脳裏に浮かぶテーマだが、日々の仕事に忙殺されて意図的に避けていることでもある。  わずか30分くらいの滞在だったが、頻繁に携帯電話が鳴り、あの職業の裏側が垣間見てとれた。早く足を洗いたいと思うのも分からないでもない。どっぷり浸かるには彼は善良すぎるだろうから。じっと留まっているのが似合う人でもない。いつか千の風と一緒に旅をするのかもしれない。