窮屈

 「ああ、スッキリしました。今日は来てよかったです」こちらが思う以上に喜んでもらったが、この程度のことで喜んで貰えるのかとこちらが寧ろ面くらうくらいだ。 何不自由なく暮らしていたそうだから、そちらの方が問題だと思うのだが、何不自由なくの中に、何不自由なくを与えてくれていた旦那が入ってきたら、むちゃくちゃ不自由らしい。真面目一本のご主人は働き者で地位もあり、何がよかったと言って、ほとんど単身赴任でいなかったことだろう。お金だけはしっかり送ってきてくれたから、カルチャーセンター、食事に旅行、やりたい放題だったらしい。長い間自由を満喫していたところに、定年になったご主人が帰ってきた。働き虫の男の定年後は何とも心許ない。肩書き以外で人間関係を作ってこなかったものだから、引きこもり状態だ。なんだかんだと理由をつけて1日中まとわりついてくるらしい。急に監視がついたようなものだ。  いいとこの奥さんにとって、家庭内の不都合を口に出すのは御法度らしい。いいとこの奥さんを知らないから、御法度だと言うことは僕は知らなかった。何十年間、旦那や奥さんの悪口を言い続けている人ばかりと親しくなったので、夫婦はののしり合うものばかりと理解していて、外で家庭の恥部を晒すことを躊躇う人種がいたなんてことには気がつかなかった。 何をきっかけにこの奥さんが僕に悩みを洗いざらい喋ったのか定かではないが、その結果が冒頭の別れ際の言葉なのだ。少しだけ奥さんが喋った辺りで僕が「旦那をしめ殺して自由になればいいじゃないの」と助言したのが功を奏したのだろうか。一瞬顔が引きつったが「そんな気にもなるよ」といった辺りから堰を切って恨み辛みが出るは出るは。あれだけ出せばさすがにスッキリしたのだろう。感謝の言葉まで貰えた。  僕は教科書みたいな価値観や、教科書みたいな生き方が苦手だから、正直に何でも話すことにしている。教科書から脱落するのは人の常だが、その脱落に罪の意識を少しでも感じていたら日常が果てしなく窮屈になる。その窮屈を笑い飛ばし、誰にも起こりうると言うことを自覚できれば肩の荷が一気に降りる。人生は重荷を背負って生きていくものと教えられたこともあるが、僕は職業的にその重荷を少しでもとってあげたい。  「さて、これから玉野競輪に行って儲けて来よう」別れの挨拶で又品を下げてしまったが、いい笑顔で帰っていったから品の無さもたまには役に立つ。