拒否

 別に声を落として言う必要もないが、実は以前一人だけ、薬を作るのを断った人がいる。よその町からわざわざ相談に来たのだが、応対しているうちに段々耐えられくなった。何の病気の相談だったのか忘れたが、僕の所に来る前にかかった病院や鍼の先生などのことを言いたい放題批判するのだ。何処に行っても治らないくらい自分の体が悪いのだろうと思うのだが、その視点は勿論全く欠如している。病気は治るもの、治療者は治すものと決めつけてしまっている。まあ、そのあたりまでなら誰もが陥っている誤解だから目くじらを立てる必要もないし、ほとんど僕は何も感じない。寧ろそれでは僕が治してみせると奮い立つことの方が多いかもしれない。その断ったおじさんの決定的に僕が許せなかったのは、診てもらったお医者さんのうち何人かが大学病院の教授や、大きな病院の偉い先生というのだ。そしてその人達に診てもらうために、数十万円?いやもう一つ単位が大きかったようにも思うのだが詳しくは忘れてしまった、のお金を贈ったというのだ。そんなお金を受け取るはずがないと思うのだが、得々と悦に入って話し続ける。僕の絶対許せない分野に入ってきているとは知らず、ますます調子を上げてきたから「おじさん、そんなにあんたが立派で金持ちなら、うちみたいな庶民の薬局に来るな」といって追い出した。誰にどの様に紹介されて僕のところに来たのか知らないが、肩書きとお金でものを言う人間は絶対に受け入れられない。まさにその典型を僕の前で演じたから出ていってもらった。 今日それとはちょっと違うかもしれないが、やはり断った人がいる。脊椎間狭窄症の手術を県内では有名な整形外科の病院で、1年半前にやっていただいたそうだが、最近又少し以前の症状が出てきたらしい。新聞に載っていた脊椎間狭窄症が治るとうたっている雑誌を取り寄せたらしいが、治ったという人が飲んだという薬が僕の薬局にないかというのだ。そんなものあるわけがない。買うようにと勧められているものの成分を言っていたが、そこら辺で売っている健康食品らしきものを集めているに過ぎない。勿論薬でもなにでもない。販売会社も分からない。何かこちらが話そうとするとすぐに、本に出ている、本は正しいと繰り返すだけでこちらの話には耳を貸さない。どうして僕のところに電話をしてきたのと正直恨めしくなる。いよいよらちがあかないので、正直に病院や薬局を信頼せずに、訳の分からない本を信用しているのなら僕に電話をしてこないでとハッキリ断った。  脊椎間狭窄症みたいな難しいトラブルが根拠のないもので治るなら病院はいらない。本当に治るのなら病院が採用する。こんなに簡単な正しいものの判別の仕方があるのにそれでも判断を間違える。ニュースでしばしば伝えられる経済詐欺と何ら変わりない。何処の世界でも同じなのだと空しくなるが、出来ればそう言った被害者の側に立つ素質のある人とも、関わりたくない。「もう今度は騙されない」繰り返される言葉に同情心も起こらない。その言葉はこちらが言いたいくらいだ。