春一番

 僕が今一番好きなコマーシャルは、ある競艇場のコマーシャルだ。児島競艇の宣伝だから恐らく岡山、香川限定だろう。若い女性が湯船におもちゃの船を数隻浮かべて電話をしている。相手が買ったという物を聞き返しているのだが「土佐犬?柴犬?えっ、何、舟券?」ってやつだ。たわいもないのだが、如何にもモデルではなくその辺りに普通に暮らしているような女性が、どこにでもあるような会話をしているのが、何とも言えずほほえましい。僕はそのコマーシャルは何回見ても見入ってしまう。不思議な魅力にとりつかれているのだ。  同じようなしゃれが今日、偶然口から飛び出して、電話相手の鍼の先生と大笑いした。  春一番と言う言葉を聞いて心がときめく世代が僕の前後にある。それ以外の人にとっては毎年この時期に耳にする季節を表す言葉でしかないだろう。僕らにとっては振り返る言葉も、大多数の人にとっては活動期に入る合図みたいなものだ。光を受け活力をもらい生産に励む、冬眠から冷める法螺貝の音だ。  電話相手の鍼(はり)の先生仲間が、2年後に新見という県北の町で「春一番コンサート」を企画すると俄然言いだしたってニュースなのだが、僕には「春一番」が「鍼一番」に聞こえた。と言うのも去年沢山の鍼の先生が牛窓に来て鍼治療のデモンストレーションをやったからそれがすぐ頭に浮かんだのだ。「えっ、鍼一番?鍼?鍼一番?」まるで舟券のコマーシャルを地でいっているようなものだった。相手がその道のプロだから我ながらとても面白い聞き間違いだと思った。僕も彼も大きな声で笑った。とても気持ちのいい昼下がりの笑いだった。一時、僕の交感神経がしゃがみ込んでくれたかも知れない。  ただ、心配が一つある。このネタを鍼の先生が僕より先に使ってしまいそうなのだ。折角偶然生まれたギャグだから、僕が何かの時に使いたいが、考えてみれば、春一番を知っていて、なおかつ鍼に興味がある人の前以外ではさっぱり受けそうにないから、僕には使うチャンスがなさそうなのだ。こうなれば応用編を考えて薬剤師らしく「貼る一番」ではどうだろう。これでは覚え立ての日本語を使う外国人みたいか・・・