喪失

 目的の家まで近道をするために山道を行った。何度も通ったことがある道なのだが、大晦日の夜はさすがに車も通らずに、同じようなカーブが続く道を運転していた。ライトで照らされている部分だけが存在していて、それ以外は見えない。突然後ろの座席あたりでまるで石を跳ねたような大きな音がした。車体の下側でないので、むしろ石を投げつけられたようなと言ったほうが正確かもしれない。1度目は別に何も感じなかったので、そのまま車を走らせていた。ところが数分もしないうちに又同じような場所で大きな音がした。今度は拳銃を撃ったような音に聞こえた。僕が車を離れているうちに誰かが後部座席にもぐりこんだのかと思って、後ろを振りかえっても誰も乗ってはいない。気持ち悪くなって急いで山を脱出しようとスピードを上げたが、こんなに長い山道だったかと思うほど時間がかかったような気がした。家が散在するあたりに降りた時には正直ほっとした。こうして家に帰って考えてみても何の音か分からない。  児島湾大橋から見る岡山の街は、工場の煙突さへ、はるか下に見える。夜景が物悲しく見えた。痛恨の1年が過ぎようとしていた。喪失の1年だった。健康を失い、信頼を失い、希望を失い、手に入れたのは自閉の精神だけだった。年の瀬と年の始まりは、本のたった1ページをめくるくらいの価値しかない。どこから始まるのか、どこで終わるのか、そんな事はどうでもいい。誰もが生まれた時から、確実に望まない終点を目指して歩んでいるのだから。