ホラ話

冷蔵庫の中に大きな西瓜が半分に切られたのを見つけて、毎晩水分補給の為に包丁で切って食べている。少し食べるだけでのどの渇きが癒される。不思議な力を持っている。  僕は9人家族で育ったので、夏のおやつは毎日西瓜1つを要した。3時になると子供はどこからか全員帰ってきて、祖父が切って与えてくれた西瓜をほうばった。家には井戸があり、井戸から西瓜を上げるのも祖父の役割だったし、包丁で切るのも祖父の役割だった。そんな祖父を何故か畏敬の念で見ていたような気がする。家の中で一番えらい人は祖父だった。鉄工所の職人で頑固で通っていたらしいが、血のつながっていないぼくら孫にはとても優しかった。一杯遊んでもらった記憶はあるが怒られた記憶はない。今では、さすがに祖父のことを覚えていてくれる人は少ないし、まして話題に出すような人はいない。嘗て、懐かしがって教えてくれた人達によると、本当に頑固で持論は変えなかったらしい。お金儲けが下手で、と言うより、お金をもらうのが照れくさかったのではないか、僕にはそう思える。お金を要求するのではなく、くれるだけのものをもらうと言った程度だったそうだ。僕ら孫とは全く血はつながっていないのだが、何故かその職人気質は少しは受け継いでいるように思える。鉄工所のふいごを汗を流しながらひかせてもらったりしながら何かを教えられていたのかもしれない。  1個の西瓜を1人で食べるのに1週間はかかりそうだ。今日西瓜作りに自信のお百姓さんに西瓜をもらった。大きくて美味しい。僕は食べさしの西瓜があるので、薬剤師さんとセールスにいただいてもらった。職人気質のそのお百姓さんの西瓜を食べ時を逸したりしたら申し訳ないから。幸運にも栄町ヤマト薬局には飾らない多くの方が来てくれる。職人のホラ話もたまにはいい。悪意が全くないから。数人の紳士面した人間が横一列になって、前日とは打って変わって深深と頭を下げている光景より余程善良だ。