月影

 相手の誇りを傷つけないようにと、静かな声で訴える一人の女性に、多くの勇敢を気取った人達が打ちのめされればいい。過去、幾多の勇敢な人達が、勇ましい声を上げようがそれは演技だと誰もが気がついている。弱い犬ほど良く吠えるように、弱い人間こそ強がるものだ。いざという時の気の弱さに呆れさせられるのは日常だ。テレビの向こうでも、近隣の日常でも見飽きている。  逆に、黙々と生きている人達の芯の強さに驚くこともしばしばだ。寡黙で目立たない人達のいざというときの忍耐強さや果敢な行動に圧倒される。華やかさとか勇敢とかそんなものどうでもいい。ありのままを見せて、ありのままの力量で暮らし、ありのまま怯え、ありのまま真心を示せばいい。  僕を、僕の薬局を利用してくれているのはそんな人達ばかりだ。あっと驚くような肩書きの人はいないし、あっと驚くような経済力の人もいない。恐らくみんなみんなごく普通の人達だ。大きな良いことは出来ない代わりに小さな悪いことも出来ない。多くの人を救うことは出来ないが、たった一人を傷つけることも出来ない。夢をキャンパスに描くことは出来なくてもノートの隅になら書ける。  愚直な月影にも春は舞う。