墓穴

〇〇様
今作って送りました。
何も助言することはないです。あなたの充実した生活ぶりがよく伝わってきます。
都会で暮らすとはこのようなことを言うのでしょうね。
ご自分でも気がついていますが、全部逆をすれば健康的な生活が出来る基盤は出来ます。
ただ、それがあなたにとって幸せかどうかはわかりません。
忙しく振舞って。余暇も充実させ、日々が充実しまくっているではないですか。田舎に
引っ越して仙人のような生活を送る意味もないでしょう。
ただし、あなたの理想体重は〇〇kgですから、これだけは引っかかりますね。
体重には少しばか貯金があったほうがいいですよ。
いざと言うときに強いことを多々目撃しています。

栄町ヤマト薬局様
いつもお世話になっております。
ご連絡・調合いただきましてありがとうございました。
お薬いただきましてゴールデンウイークに入り、漢方を飲んで眠りたいだけ眠りましたら、やはり調子がよく、
排便もスムーズですっきりでした。
いただきましたメールを拝見してあらためて気が付いたのですが、気弱のくせに、それを覆い隠してやりたいことをすべて詰め込んでいるのが今の私の生活なのだと思います。全て逆をすることはやはりできそうにないですので、まずはしっかり食べることと、眠ることから意識をして始めたいと思います。ありがとうございます。

 了解は取っていないが許してくれると思う。養生法を尋ねられたのだが、僕の答えは上記のものだった。過敏性腸症候群の方はほとんどの方が生真面目だ。だから治療も生真面目になりすぎて効果を発揮しにくい。理由は簡単だ。発症した理由が生真面目病なのに、治し方もまた生真面目では火に油を注いでいるだけだ。だから僕は尋ねられると、自由奔放、好き放題、悪の限りを尽くすなどと答えている。どれも言われた方々は苦手なことだと思うが、少しでも心がけるといい。僕が漢方薬に託す狙いと重なり相乗効果をもたらしてくれる。まじめに取り組んではいけない。真面目に取り組むのは僕の仕事で、トラブルを抱えている人が自分で墓穴を掘ってはいけない。ほとんど自爆テロになってしまう。

 

 

和気町

 誰に感謝すればよいのだろう。和気町の藤公園だから和気町なのだろうか。今パンフレットを見てみたら主催和気町としてあるからやはり和気町か。
 と言うのは、毎年楽しみにしている和気の藤公園での和太鼓大会が今日あった。珍しく好転に恵まれ、初めて天気の心配をせずに見ることが出来た。強いて言えば暑さだけがこたえたが、水分補給で乗り切ることができる程度だった。そのくらいの我慢なら、今日の豪華な太鼓のメンバーに比べればたいしたことはない。むしろ体も心も熱くなって野外ならでの楽しみようが出来た。
 香川県から参加の「響屋」は、若い人がめきめき実力をつけ、随分と上手になった。迫力も増した。香川県ではナンバー4あたりを行っているのではないかと思う。あの若者達がこれから何処まで伸びるか楽しみだ。
 山部泰嗣とメンバーは、黒い服でも着れば、裏街道を歩くかのごとくの風貌が揃って、太鼓道を極めんばかりの直球勝負が見ていて共感を呼ぶ。こんなに至近距離で今まで見たことがなかったので、顔の表情まで見入っていたが、皆いい顔をしていた。
 志多らはフルメンバーではなかったが、やはり安定した実力で、旨く会場を盛り上げていた。太鼓ファンばかりではない野外の公演も慣れたもので、多くの観客の心を引きずりこんでいた。
 これだけの太鼓の競演で無料なのだから、一体どのくらいの人がその価値が分かっているだろう。ざっと計算して1万円近くのチケットが無料になったと同じ事だと思う。僕にはその価値がよく分かる。今日僕は1万円を拾ったのだ。そしてそのお金で、明日も明後日も、来年の今日まで頑張ろうと思った。

地雷

 僕の言葉を通訳が訳して伝えた瞬間、目の前の女性が一瞬くらい表情になった。はにかんだようにも見えたが、実際には傷つけたのだろう。明らかに僕は地雷を踏んでしまったのだ。これが医師や薬剤師の最近の国家試験ならそこで一発退場だ。僕らの頃は地雷なるものはなかったが、息子達の時代にはあったらしくてやたらその隠語が耳についた。
 かの国から3ヶ月の応援部隊でやってきた2人と話をしていて、どうして働く期間を3年ではなく3ヶ月を選択してやってきたのか尋ねたときだ。通訳が訳した答えによると健康診断で引っかかるから3年では来れなかったそうだ。それを聞けば僕は分かる。もう10年近く実習生や研修生と関わっているから理由は分かる。恐らくあの若さで引っかかるとすればBかC型肝炎のキャリアなのだ。日本では今ではかなりの確率で克服できるがかの国ではまだまだだろう。僕は慌てて「いいの、いいの言わなくても分かっているから」と言ったが通訳は敢えて訳さなかった。傷つけたことが分かったのだろう。
 かの国ではまだまだその手の患者が多いらしくて、僕も何人か遭遇した。いずれあなたの国でも克服できる病気になるよと伝えたが、当人にとってはそんな悠長なことは言っておれないだろう。何とか日本で治療を受けられないかと画策したことはあるが、智恵も力もなかった。静かに体内で進行していくものを指をくわえて見守るだけはもったいないが、知識不足かピンと来ないのか、いつもの素敵な笑顔でいられると余計に痛々しい。
 国家試験の地雷なら自業自得だが、人を傷つける地雷を踏んではいけない。

暗黙

 暇な薬局でもこういう状況が時々はある。何と同時に4人の方が来られて、こちらも4人でそれぞれ応対した。僕が応対したのは、つい最近公務員を卒業した体の大きい人で、愛想は至って悪い。公務員だから愛想は要らないのだろうが、もう少し愛想がよければ市長選挙にでも出られる。彼と話しているうちに、他の3人はそれぞれ用が済んだのだろう出て行った。それなのに薬局の駐車場には彼が乗ってきた車と超高級車が2台止まっている。そのうちの1台には既に人が乗り込んでいるのに動こうとしない。結局は僕が応対していた人が帰るために車を動かしてから、その車も出て行った。
 その車の主は娘が応対していた。そして娘が言うことには、車の中から電話がかかってきて「おっちゃん(公務員)は、まだ用事が済まんのかなあ」と尋ねられたらしい。なんでも元公務員の車が邪魔で駐車場から出られなくてずっと耐えて待っていてくれたらしい。これなら別に珍しい話ではない。この話が面白いのは、その車と、それに乗っている人間のユニークさだ。その車はかつて僕に教えてくれたことがあるが1000万円する〇〇〇で、乗っている人間がご法度の裏街道を歩く種類の人間だ。本当なら少しでも待たされでもしたら、怒鳴り込んできそうな人間だが、じっと耐えて待っていたらしい。僕は思わず「あんなにいきがっていても気が弱いんだ」と笑ったが、理由は簡単だ。どちらもこの町の出身だから、お互い幼い時から知っている。その頃はどう見ても体の大きい元公務員のほうが強そうだし、今でも強そうだ。1対1ではとてもかなわないし、田舎では問題を起こせば住めない。だから車の中でイライラしながらおとなしく耐えていたのだと思う。幼い時の暗黙の力関係から抜け出せれないのだろう。そういった意味では僕は2人のまだ上にいる。腕っ節はめっぽう弱いけれど、暗黙の力関係はしっかりと生きていて、好き放題を言う。
 田舎のよいところは、ご法度の裏街道を歩くような人間でも耐えることを知ることが出来ること。弱みを皆が知っているからいきがらなくてもよいところ。命を無駄に縮めなくてもよいところ。

出所

「出所おめでとうござんす」「出所祝いをしよう」「これからは姉御と呼ばさせてございやす」
 薬を取りに来た女性にそう言った。生きていればいろいろなことに遭遇するがこんなとばっちりもあるんだ。僕は見物客だったが、彼女は当事者だ。僕と同じように生きていればと言ったが、リアルさが違う。手錠をかけられ拘置所に何日も泊まって来たのだから、もう幹部クラスだ。おめでとうござんすでも言ってあげたい。
 全くの言いがかりで悪人にならされてしまったが、真実を警察が探してくれて無罪放免になった。化粧気のない素朴で内気な女性が、悪いことをするはずがない。何かの間違いだと思っていたが、当然何かの間違いで終わった。人のよい女性だから、本来あちらのほうが塀の向こう側にいかなければならないのに許すそうだ。警察が告訴したらと助言してくれるのに、しないそうだ。何処まで人が良いのだろうと思うが、もうこりごりなのだろう。
 本当はコーヒーでも出して、異色の経験を教えてもらいたかったが、丁度忙しくて10分くらいだけ話した。何十年も人様を見て、会話を重ねてきたからどんな人かはかなり分かるが、今回も僕の考えはあたった。あんなに素朴であんなに地味な人が、悪事など働くはずがない。人を「信じる」ことが出来る自分が嬉しいが、彼女のように人に「信じられる」ほうが一枚上だ。

万歩計

 帰りは新幹線を使ったので、岡山駅に午後6時前に着いた。それをかの国の女性達は見逃さなかった。駅前のビックカメラで時計を買いたいと言う。自分用に一つ、お土産用に二つらしい。僕はビックカメラに時計を売っているとは知らなかった。と言うより、駅前でいつも戸外に向けて大音量で宣伝を流し続けているから嫌いだ。どうしてあれが取り締まりの対象にならないのか不思議で仕方ない。近所の人はさぞかし迷惑だろうに。近所に受験生も病人もいないってことか。
 確かに時計を売っていた。それも結構大規模に。スタッフも5人くらいいたと思う。僕は学生時代を最後に腕時計を持ったことがないから、時計屋さんに行ったことがない。どの時計も光っていた。これだけ必要なのかと言うくらい何箇所かで針が動いたりしている。見ているだけでイライラしてくるが、必要な人もいるのだろう。時計を全く知らない日本人の僕より、時計に興味があり買う気満々の外国人のほうが話が通じるのが面白い。通訳をするつもりでいたが、太陽電池の時計とかGPSか何かで時間を合わせる時計とか、初めて見るものばかりでただ傍で驚いていただけだ。結局女性は12000円の腕時計を自分のために買った。
 数日後寮を訪ねると、通訳を介して質問を受けた。スタッフの対応が嫌ではなかったかと。僕も時計売り場に足を踏み入れたときに、全員が何の反応もなかったのに驚いた。まとわりついてくるのは嫌だが完全無視もあまり心地よいものではない。彼女達は、僕が不愉快でなかったか心配してくれているのだ。そこで、僕も外国人を差別している雰囲気が伝わってきたので、ごめんねと謝っておいた。すると彼女達は、何回もビックカメラに行っているが今日みたいなことはなかった。お父さんと一緒に行ったから相手の態度がおかしかったのだと言った。だからお父さんが可哀想だったと言った。なに?原因は僕?ビックカメラのスタッフは僕を無視したのか?てっきりかの国の女性達を差別したのだと思っていた。
 確かに僕は色々な店に行き厚遇されたことはない。あまり店員さんも寄ってこない。所詮冷やかしくらいにしか見えないのだろう。数年前に帰ったかの国の女性が「オトウサンは、ワタシノクニにきても安全」と言っていた。理由はその国の人の格好と同じからだそうだ。そう言えばあの時、僕は時計を買いたがっていた女性に向かって、僕の時計を見せていた。それをスタッフが見ていたのかもしれない。何しろ僕が見せたのは通称腕時計、実は万歩計の時計機能が残っているやつだったのだ。何十万円の腕時計が並んでいる前で、万歩計を見せたのは悪かったかな。

感傷

 何度も浮かんだ言葉があるのに、どうしても最後の言葉が浮かばなかった。
 最初はラッキーくらいに思った。どちらかと言うと同行のかの国の女性のために選択した観光スポットだったから、僕がうれしくなるような予感はなかった。そこに降って湧いたのが僕が好きな大道芸だったからだ。それも初めて見るもので、レベルも高かった。これをラッキーと呼ばずして何と呼ぼう。
 太鼓の音に誘われて異人館を歩くと人だかりができていた。そこではいわゆる猿回しが行われていた。テレビで見たくらいだが、そんなに興味も持たなかったから、ほとんど知識はない。だからサルの芸を予備知識なしで素直に楽しめた。また驚きでもあった。ところが次第に能力の高さや表情から、むしろ人間に近いように見え始め「おもしろてやがてかなしき・・・」と言う言葉が浮かんでは消えるようになった。ただ、面白くてそのうち悲しきものに見えたのが何だったか肝心のところが思い出せなかった。何故か花火の様な気はしたのだが、なんとなく僕の記憶の語呂とは異なる。何となくしっくり来ないのだ。
 サルの知性や身体能力に驚きながらも、時折サルが見せる表情が悲しく見え始めるとなんだか辛くなってきた。このサルにとって幸せな光景なのだろうかと、分かりもしないサルの真情を慮って勝手に落ち込んできた。そんな時に頭に浮かんできたのが正に「おもしろて・・・・・・・」のフレーズだったのだ。
 結局、その現場では思い出すことは出来なかった。そして帰ってからインターネットで調べると「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」が見つかった。喉につかえたものが取れた気がした。勝手に擬人化して感傷に浸っているのか分からないが、須磨海浜公園のイルカにしろ、このサルにしろ、答えに窮する。