娘とその男性との話を調剤室から聞いていて、涙が出そうになった。どうしてそんなに深刻に考えてしまうの?笑って「ごめん、ぶつけてブロックを壊してしまった」で済むのに。
 入ってくるなり謝っていたが、その意味は僕には全くわからなかった。「〇〇岬にあるのはお宅の家らしいですね。さっき、車をUターンしていてブロックを壊したんです。本当にすみません」と言われて、娘夫婦の家のことだと分かったので、すぐに娘と変わった。
 もう80歳に届いているかもしれない。僕が牛窓に帰ってきたころから、奥さんが僕の薬局をしばしば利用してくれている。家も近くだったから近所づきあいも長い。80歳を過ぎてまだ仕事をしているが、時折痴呆がかかっているのかと思わせる素振りが最近増えた。奥さんはそのことを心配して仕事を辞めさせたいみたいだが、本人はこだわっている。
 そうした方が、仕事で向かったお客さんの家が丁度娘の家の隣だったらしく、車を方向転換したときについブロックを壊したらしい。娘夫婦は家を借りて住んでいるから、謝ってもらう筋合いはない。黙っていれば分からないような場所なのに、ちゃんと報告をしてくれたことだけで十分満足していた。
 ところがその男性は奥さんに付き添われて、豪華そうなブドウのお土産持参で謝りに来た。娘は当然そんなことをしてもらう理由がないから断っていたが、ついには仕方なく受け取った。僕が涙を誘われたのは、入ってきてから帰るまでに、10回では済まない回数「ごめんなさい」を繰り返したことだ。
 自分の子供たちより若い女性に、何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返していた。僕だったら、ジョークで謝ることもさせないように持って行くが、娘はまだ若いからそんな芸当は無理なのだろう。
 ほんの少し運動神経が鈍り、ほんの少し技術が劣化し、塀の一部を壊しただけなのに、何回謝らなければならないのだ。人生の最終章で、孫に近いような人間に謝り続ける姿に涙を誘われた。
 実際に娘の持ち家だったら、勝手にこちらが直すだろうが、人様のものだからそこまで権限はない。何度も謝ってくれる姿に娘も気が付いていたみたいだ。「お父さんはあんなに謝ってくれるのは気が重い。涙が出そうになった」と言うと、娘は処方箋調剤をしているからその男性が手術後に飲んでいる薬を知っていて、「きっと薬のせいだと思う。奥さんが「手術後急に人が変わったと言っていた」と教えてくれた。10種類も薬を飲めば、頭はもうろうとして、無気力になるだろう。話のつじつまは合わないのに謝ることだけが出来る。老いか薬か分からないが、わが身を重ねずしては見られない光景に涙を誘われた。

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