16年

 「16年?」思わず声を上げたが、その理由は大したことはない。今日お別れのあいさつに来たあるセールスが16年僕の薬局を担当したと言ったことに対する反応だ。世の中が変わるような話題でもないし、空気が少し動く話題でもない。よくある話なのだが、さすがにもう16年も経ったのかと、そのことに驚いた。16年も、だらだらとくだらない話をしてきたのかと、その数字には驚いた。「16年と言ったら、生まれた子が高校生になるまでの時間だよ」と解説する必要もないが、めちゃくちゃわかりやすい単位だから僕はそう例えた。
 僕が牛窓に帰ってきたころは、多くのセールスが訪ねてきていた。当時の薬局はおおむねOTC医薬品の販売が業務の主だったから、名だたる製薬メーカーと取引をしていた。多くは東京に本社があるから、セールスは情報をいっぱい携えてやって来ていた。コーヒーを出して雑談と言う名の情報収集に必死だった。大切な時間でもあったし、楽しい時間でもあった。
 それが調剤や漢方薬中心の薬局に変わって来るにしたがって、かつてのセールスはどんどん減ってきて、今日訪ねてきた昔ながらのセールスは、珍しい存在だった。今では3社しか来なくなったうちの1社だから、残りは2社だけになる。古き良き薬局の時代ももう幕がかなり床近くまで降ろされた。幕の下から覗くようにして観客席を眺めているが、いつまで幕が持つか分からない。時代の変化にしがみついていたが、振り落とされる前に、自分で落ちたほうがいいかもしれない。
 製薬会社がドラッグストアに買収され、屈辱の退場を迫られた悲哀を最後の置き土産として彼は去って行った。まだまだ定年まで数年残っていたのに、いまは当てのない職安回り。ハローワークの担当者が条件を打ち込むと、ヒットがゼロの繰り返しで途方に暮れていた。人手不足のこの国でも、60歳を過ぎたら再就職は難しいらしい。肉体の危険を承知で現場に飛び込むか、精神の危険を承知でブラックに飛び込むか、失業保険の支給の間悩み続けるらしい。

 

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