大義

 幼い時の記憶がよみがえった。今思えばとても残忍なことで、罪に問われる可能性もあるが、当時だとごく普通のことだったに違いない。誰も咎めることもなかったし、それを見ていた僕達も残酷だとか怖いとかの感情はわかなかったから。
 ただ船に籠に入れた子猫を積み込み、少しだけ沖に出たのは、僕ら子供に対する配慮だったのかもしれない。しかし、おが(陸)からでも船に乗った大人が籠の中に生まれたばかりの子猫を入れて海中に沈めているのは分かる。数分すると儀式は終わった。おがまで持ち帰った籠の中を子供たちは覗いて何が起こったかを理解していた。無尽蔵に増える野良猫予備軍をそうして間引いていたのだ。
 そうしたことが平気だったので、ネズミ捕りにかかったネズミを海に浸けて殺すのは子供でも平気だった。泡を吐き死んでいく姿を見ていた。子供でもできる仕事でしかなかった。
 半世紀以上たって、世の常識もこんなに変わったのだと感慨に耽ったのは、昨日の夕方、駐車場の物置の下から子猫の鳴き声がして、妻がそれを保護し、今日獣医に連れて行き診察してもらったからだ。すでに見つけた時から、我が家の飼い猫になるだろうと、それ以外の選択肢が思いつかないのだ。半世紀前の当たり前の行動は、手段としては思いつかない。ただ思い出しただけだ。
 毎日のようにテレビの動物番組を見、ユーチューブで猫の動画を梯子していた妻には最高のプレゼントだろう。ペットショップで買ってきたのなら家族の反対にあうだろうが、保護という大義の前では誰もが口を閉ざす。犬にも猫にも噛まれた経験がある僕が一番立ちはだかる人間なのに大義の前にひれ伏しているのだから。

 

 


物価が上がっても年金増えない 安倍元首相が導入した容赦ない年金減額の仕組み
 アベノミクスの見直しから官僚人事まで、ことごとくぶつかり合う岸田文雄・首相と安倍晋三・元首相。だが、この2人が唯一、歩調を合わせられる政策があった。年金の支給額引き下げである。容赦ない「年金減額」を実践したのが安倍晋三・元首相だ。
 8年間の長期政権でなんと年金を6.5%も引き下げたのである。第1次政権時代に「消えた年金」問題で煮え湯を飲まされた安倍氏は、政権に返り咲くとまず「年金特例水準」の解消に乗り出した。
 これは自公政権が過去の物価下落時(2000~2002年)に「高齢者の生活に配慮する」と年金を引き下げずに据え置いたことで、受給額が本来の年金額より高くなっていたことだ。とはいえ、当時すでに20年近くが経ち、年金生活者にとって特例水準の年金額が生活の基準となっていた。
 安倍政権はこれを、「もらいすぎ年金」と批判キャンペーンを張り、高支持率を背景に13年から3年間で2.5%減らした。それが終わると、2015年にはマクロ経済スライドを初めて発動した。
 そして2016年に「年金減額法」を成立させ、物価が上がっても賃金が下がれば年金を減らす新たな年金減額の仕組みをつくった。
 どこまでも年金は増やさないぞと網をかけたのだ。キャリーオーバー分を合わせると来年度のマクロ経済スライドは1.2%マイナスになる見込みだ。物価上昇率と賃上げがそれ以上の水準にならなければ、物価が上がっても年金は全く増えない。
 それだけ年金生活者を苦しめても、年金の破綻はいまや明らかだ。国民に「100年安心」の嘘をはっきり突きつけたのは、「老後は年金の他に2000万円が必要」と指摘した2019年の金融庁審議会の報告書だった。国民の年金不安が高まると、安倍首相は報告書を撤回させてこう嘯いたのである。
マクロ経済スライドも発動されましたから、いわば『100年安心』ということはですね、確保された」
どこまでも安心の嘘を押し通す姿勢で、それは岸田首相も踏襲しているようだ。
週刊ポスト2022年7月8・15日号