引導

 選挙を前に、政権の政策をどう評価するのかという議論が始まりつつある。経営コンサルタント大前研一氏が、安倍政権の政策について以下のように論じる。
 
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  夏の参議院議員選挙に向けて、政界やマスコミの動きが活発化している。私は過去に、安倍晋三首相は「10月に予定されている10%への消費税増税を延期し、それについて『国民の信を問う』という詭弁で衆参ダブル選挙に打って出るのではないか」と指摘したが、米中貿易戦争の影響により、景気が悪化してきたことで、その可能性はますます高まっている。すでに安倍首相は通算在職日数が戦後2位、歴代4位の長さになっている。6月7日には初代首相の伊藤博文を超えて歴代3位、8月24日に大叔父の佐藤栄作を抜いて戦後1位、歴代2位となり、11月20日桂太郎を上回って歴代最長を達成する。2021年9月末までの自民党総裁任期を全うすれば、通算3567日に及ぶ長期政権となる。しかし、安倍政権に評価に値するような功績はない。安倍首相は旧民主党政権を「悪夢」と形容したが、長いだけで何も功績がない安倍政権こそ後年、悪夢だったと言われるのではないか。
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そこで今回は、これまでの安倍政権を私なりに総括して「残念な政策」ランキングを発表したい。
ワースト第1位は、間違いなくアベノミクスだ。「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という“3本の矢”で「名目成長率3%」を目標に掲げ、それに合わせて日本銀行黒田東彦総裁が「2年で2%」を物価目標にして異次元金融緩和を始めたが、達成できないまま6年が過ぎた。3本の矢はすべて的を外れて“アベクロバズーカ”は不発に終わり、今後はその後遺症に苦しむことになる。
失敗の理由は、アベノミクス金利とマネタリーベースをいじるだけの20世紀型経済政策であり、高齢化、ボーダレス化、サイバー化などが進んだ21世紀経済には全く効果がないからだ。6年も成果が出なければ、企業経営者でも野球やサッカーの監督でも、とっくの昔にクビである。安倍首相と黒田総裁はいいかげんに失敗を認め、「目標未達」の責任を取るべきである。

第2位は外交政策全般だ。当初、安倍首相は「戦後レジーム(*第二次世界大戦後に出来上がった世界秩序の体制や制度)からの脱却」を唱えたが、それを警戒したアメリカ政府に冷遇された。このため慌てて手のひらを返し、アメリ連邦議会での演説で「日本にとってアメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした」と歯の浮くようなおべんちゃらを言うなど、180度変節してアメリカ従属に戻ってしまった。
また、北朝鮮による日本人拉致問題は全く進展していない。安倍首相は真剣に取り組んでいるかのように見せているが、実際はトランプ大統領金正恩朝鮮労働党委員長への伝言を頼んでいるだけで、安倍政権には事態を打開する手立てが何もない。北朝鮮メディアに「主人のズボンの裾をつかんで見苦しく行動した」と揶揄される始末である。
 ロシアとの北方領土返還交渉も完全にロシアペースとなり、日本は手詰まり状態だ。安倍首相はプーチン大統領と25回も会談していながら、何の成果も出せていないのである。
 中国との関係では看過できないミステークがある。中国の広域経済圏構想「一帯一路(*習近平国家主席が提唱した経済圏構想。中国西部と中央アジア・欧州を結ぶ「シルクロード経済ベルト(一帯)」と、中国沿岸部と東南アジア・インド・アラビア半島・アフリカ東を結ぶ「21世紀海上シルクロード(一路)」の二つの地域でインフラ整備および経済・貿易関係を促進するというもの)」に条件付きで協力していく、とした発言だ。一帯一路は中国の“新植民地政策”であり、日本は協力すべきでない。そもそも日本はアメリカや台湾と親密な関係にあるので、習近平の中国と仲良くなることは永遠にできない。喧嘩する必要もないが、この期に及んで中国に媚を売るというのは、あまりに節操がなくてみっともない。
 
 さらに、お隣の韓国との関係は、もはや修復のしようがないほど悪化した。つまり安倍外交は、すべて“空振り”なのである。
第3位は「働き方改革」だ。すでに指摘したように、「時間外労働の上限規制」「年次有給休暇の取得義務化」「同一労働同一賃金」という働き方改革は、完全にポイントがずれている。働き方は業種や仕事の内容、個人の事情などによって多様であり、全国一律に規定できるものではない。政府による働き方改革は余計なお世話であり、意味不明の「プレミアムフライデー」も含めて、重箱の隅をつつくマイクロ・マネジメントの最たるものだ。国民は国家の奴隷ではないのである。
 
 要するに安倍政権は、国益と国民生活は二の次、三の次。まず選挙対策ありきで人気取りの場当たり的な政策を乱発し、税金の浪費で延命しているだけなのだ。こんな政権が、まだ3年以上も続いたらたまらない。次の選挙で国民の側から引導を渡すべきである。
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週刊ポスト2019年5月31日号