無造作

 この日曜日に丸亀に連れて行った7人のうち2人は牛窓ではなく児島で働いている。その中の1人が4月に3年ぶりに日本を離れて帰国する。いつものように「帰国するのは楽しみ?」と尋ねてみた。するとその女性は「ハイタノシミデス ニホンハ キレイデスガ カゾクガイナイ」と答えた。日本のよいところをきれいで表し、自身にとって一番大切なものとして家族と表現した。  キレイは分かるが、カゾクガイナイは正直ピンと来なかった。同じ質問を受けて日本人が家族がいないなどと答えるだろうか。家はあっても家族ではない状態の家庭が多い中で、家族恋しさに帰ると言う発想が日本人に出来るだろうか。むしろ家族がいるから帰りたくないというのが大勢ではないか。それが良い悪いの話ではない。時代とともに変わってきただけの話だ。  もう一つ質問してみた。これもまた僕が見送る度に全員にする質問だ。「国に帰ったら、何をするの?」すると女性は勉強すると答えた。3年間の労働で国に帰ればかなりの価値に換わる収入を得てきたから、果たせなかった勉強の夢をかなえるんだと感心気味にもう少し詳しく尋ねてみた。すると「ワタシハ ネールノベンキョウシマス」と答えた。何のことはない、爪に絵を描く仕事だ。それを勉強と表現するところが未熟だが、そのために3年間日本で頑張って働いたのかと若干悲しくなった。そんなことなら国にいたって出来るだろうと言いたがったが、夢を壊す権利はないので、ジャパニーズスマイルで煙幕を張った。  知性的であれ!僕にえらそうに言う権利はないが、僕は彼女達が日本に留まっている間に、無意識のうちに知性を築く訓練が出来たらいいなと思って接している。元々僕にないものは提供してあげることは出来ないが、少しだけ僕のほうが得てていることは、無造作の中に織り込んで伝えたいと思っている。決して恩着せがましくでなく、垣間見える程度に伝えられたらいいなと思っている。