干支

 大きな袋を抱えてゆっくりと帰っていく。毎週決まった曜日に見られる光景だ。70歳を越えた頃、転倒して骨を折ったことからさすがに歩き方はぎこちないが内臓は全く悪いところはない。左右に身体が少し揺れ、歩くスピードは幼児なみかもしれない。 隣町の竹藪の中に家があり、田舎の中のその又田舎って言うところに住んでいる。ヤマト薬局特製の虫さされ軟膏のファンなのだが、興味本意に尋ねてみた。「ムカデやハチは珍しくないだろうけど蛇は出ないの?」と。すると予想もしていなかった答えが返ってきた。「蛇どころか、マムシが出るんよ。去年2匹殺した」と。まあ、マムシが出るのは想像できても、この老人の域に達した女性が、それも動きがすこぶる緩慢な女性が、マムシを殺す光景が想像できないのだ。あたかもスローモーションで動く女性だから「マムシに殺された」と言うのなら分かるが、殺したというのはどうにも信じがたい。ただ、冗談や嘘を言う女性ではないから、信じなければならないのだが、やはり確かめてみたい気はした。「マムシをどうやって殺すの?」と尋ねると「マムシは目を離すとすぐにいなくなるから、目を逸らさないまま鍬を手にとって押さえつけるんよ」と教えてくれた。マムシはすぐ消えるってのはよく聞く言葉だから信憑性はある。ご主人が畑を作っているから鍬がいつも畑の傍にあることも当然だ。熱心な新興宗教の信者さんで嘘など決してつかない。「マムシは殺しておかないと危ない」と確信を持って付け加えた言葉はこの辺りの農家の方の心意気だ。  僕も蛇は何回か殺したことがあるが、相手がマムシと分かったら鍬を持って立ち向かっていくかどうか分からない。最近は反射神経などかけらも残っていないから、追いかけようものなら返り討ちに合いそうだ。緩慢な動作のおばあさんの気迫に完全に負けている。 「奥さん、何年なの?」 「私は、昭和12年生まれじゃから、マングースじゃ」