偶然

 偶然も、度重なると偶然ではなくなるが、その影には本来、ほんの少しばかりの必然も隠れているものだ。 昨日漢方薬の勉強会で蕁麻疹が取り上げられたのは、最近蕁麻疹の方が多いという感触から故のテーマだった。僕の所では最近一人しかお世話していなかったので、そんなに増えているという実感はなかったが、他の薬局では多かったのだろう。 ところが今日、最初にやってきた方がまさにその蕁麻疹の相談だった。偶然が度重なるというのは、勉強会のテーマに上った症例が即薬局にやって来るという経験なのだ。20年以上勉強会を重ねているが、しばしば遭遇することだ。勉強会で学んだ知識を即応用できる良い機会で、その積み重ねで新しく得た知識の信憑性を確認する。実際の患者さんで試して効かなければ僕の知識からは抹消し、効けばノートに保存する。その繰り返しを愚直に継続してきた。漢方薬は奇跡を起こすものでもないし難病を治すものではない。奇跡や難病を売りにしているカリスマもいるが、商売としては都合がいいのだろうけれど、罪悪感で寝苦しい夜を過ごすのは嫌だ。もっとも睡眠薬やタバコを常用しているカリスマも知っているが。 蕁麻疹の原因は実は70%くらいが不明なのだそうだ。よく言われているアレルゲンに当てはまるのは30%しかいないのだそうだ。今朝来た女性もやはり思い当たることはないと言う。でも僕には分かっていた。薬局に入ってきた時、別人かと思うくらい表情がきつかったから、何か不都合を抱えているのだと。具体的に言わなくてもいいからと前置きをして尋ねると、蕁麻疹が発症する以前からあることでストレスが激しかった事を教えてくれた。だいたいストレス源の想像はつくが敢えては聞かなかった。具体的なストレスのテーマを聞かずして慰めの言葉も出しようがないし助言も出来ないが、ただ一つ「人生ってそんなに楽しい事なんてないよ。9割が辛いことでいいことなんか1割、やっとその1割で9割をうち消して生きているようなものよ」とだけ伝えた。すると一瞬考えていた彼女は「口には出さないけれど誰だって辛いことを持っていますよね」と言って、初めて微笑んだ。  これで治るかなあとこちらも一安心だ。ストレスから来ている蕁麻疹は皮膚科的なアプローチではなかなか難しい。閉ざした心が1カ所でも開いて、深く沈んだ精神の汚泥が流れ出れば改善する。「牛窓中、ストレス源を喋りまくってきてごらん、すぐに治るから」実力のない薬剤師の言いそうなことだ。