老労働者

 50メートル歩くのに3回くらい立ち止まらなければならない人が、杖をついて薬局に入ってきた。軽4自動車をバックで駐車場に丁寧につけて入ってきたのだが、挨拶代わりの症状説明で、本人が運転して来たとは思わなかった。歩くとすぐに起こる腰の痛みを治して欲しくて30分以上かかるところからやってきたのだが、運転手さんに待ってもらっても構いませんかと尋ねると自分が運転してきたという。歩くことは出来なくても、運転は出来るらしい。かなりの年齢に見えたが、脳梗塞をして、右手と右足が不自由なので、年齢より10才くらい老けて見えたのだろう。奥さんが痴呆で入院しているらしくて、一人で今は暮らしているらしい。煎じ薬でしか治りそうになかったので、煎じ薬を作ることが出来るかどうか尋ねたら、出来るという。料理も自分でしているから、それくらいは出来るという。一応の問診をして、薬を作ろうとしたら「漢方薬って高いんでしょうね」と言った。とっさに僕は1日分が400円ですと答えたのだが、それは僕が使いたい薬2種類のうちの片方の値段だ。それくらいだったら大丈夫というので「じゃあ、頑張ってみましょう」と言って用意したのだが、勿論薬は2種類出した。  同じ空が家を覆い、同じ風が家を吹き抜けても、そこで暮らしている人の様はそれぞれだ。幸せもあれば不幸もある。喜びもあれば苦痛もある。地域柄、職業柄、どちらかと言えば後者に属する人達と接することが多い。一生トンネルを掘り続け、そのあげくが数十歩しか歩けない身体と、孤独な食卓では割が合わない。日本中のトンネルを今日も素知らぬ顔で厚顔な10トントラックや黒塗りの高級車が走っている。繁栄を支えた老労働者は痛みに顔をしかめながら、深々と頭を下げて帰っていった。痛々しくて、見るのがつらい、いつもながらの光景だった。