入道雲

 岡山市から牛窓町に入るには、千手と言う峠を通る。例えば岡山駅から牛窓に帰る道中、千手の峠が見えるまではいわゆる平野を通って帰る。 
 千手の峠が正面に見えた時に、いつもの光景と違うことに気が付いた。それは正面に見える小さな山の向こうに立ち上る、2本の細長い入道雲の存在だ。山の緑に、青空、そこに二本の真っ白い雲が立つ。曲がりくねった峠の道だから、ある時は右側に、ある時は正面に見える。そして峠を下るときに気が付いた。山の向こうに巨大な入道雲がいくつも隠れていた。細長い入道雲は単に異端だっただけで、主役は僕が幼い時から見慣れた姿で現れた。巨大入道雲は前島の上か、それとも犬島あたりの上空か、それとももっと高松辺りの上空にできているのだろうかと、想像を働かせながら運転していた。
 夏になると50日は海水浴場に通っていたが、砂浜から見上げる入道雲は今でも瞼の中で再生できる。それだけ印象的な夏の景色だったのだ。海水浴場から南に巨大な入道雲ができたら、雷が鳴る前兆で、幼い僕たちは帰りを急いだものだ。まだまだ子供が自然の中で育った時代だ。入道雲を見ると当時の記憶がよみがえる。消えない記憶の景色だ。
 僕にとって今日見た雲は入道雲であって、積乱雲ではない。積乱雲ではいけないのだ。昔を懐かしむ心に科学はいらない。