海開き

 僕も身長は高いほうだが、それでも見上げて話をする。僕はお腹以外はやせているが、彼は均整がとれている。僕はもう老人の域に達しているが、彼はまだ壮年期だ。僕は海辺に住んでいるが彼は岡山市の住宅街だ。僕は休日には人が多いところに出かける傾向があるが、彼は自然を求める傾向にある。僕は人を喜ばせるのが好きだが、彼は人を救うのが好きだ。
 毎年、夏はライフセーバーで活躍していたから、奥さんが漢方薬をとりに来た時に、「ご主人、今年の夏はどうしているの?」と尋ねてみた。今年は彼が活躍していた渋川も、宝伝も西脇も、軒並み海開きは行われない。牛窓もそうだ。あとの3つ、渋川以外は僕の家からどれも近い。近くに海水浴場が3つもあることになる。僕にはそれほど感慨はないが、彼にとってはほとんど聖地だろう。そういえば漢方薬を取りに来ていたころは帰りには海を見て帰るのが常だった。
 彼の様子を教えてもらって思わず笑った。と言うのは、ライフセーバーができないから家に閉じこもっているのではなく、宝伝の海水浴場に出かけて行って、打ち上げられたごみを拾っているそうだ。彼はどこまで行っても海?砂浜?が好きなのだ。
 そのついでか、どちらがついでか知らないが、サーフィンボードの上に帆を立てたようなもので、梅雨が空けたら犬島まで行くそうだ。西脇の海水浴場から犬島は近くはない。船でも10分はかかるだろう。いや、10分でも行けないかもしれない。それを風の力だけで帆にしがみついて行くのだから、大したものだ。奥さんは彼に言ったそうだ「行くだけではなく、ちゃんと帰っておいでよ」と。