風向き

 僕が牛窓に帰ってきたころ、店頭に来られる方によって、挨拶を変えなければならないことがむつかしかった。 
 特に農家の方はむつかしかった。いい天気が続いて「いい天気ですね」などは禁句中の禁句。土地が乾いて、一雨も二雨も欲しいタイミングだ。また、雨降りの時にやってくる農家の方には、と言うより雨で仕事ができないときに農家の方はやってくることが多かったが「雨ばっかりで、うっとうしいですね」などは、禁句中の禁句。乾いた土地に水を撒く必要がないから正に恵みの雨なのだ。体も休ませることができるし。
 最近は、僕もだいたいの様子がわかってきたこともあるが、挨拶でしくじることはめったにない。農業の環境整備は手厚い保護のもとでかなり行き届き、農家の方の苦労はかなり減った。手広く専業でやっている農家の所得もかなり上がったように思う。
 そんな中今日の青空と、一気に気温が上がった状況下ではどう挨拶をすればいいのだ。自信はないが、日本中で共通の心配事になってきた大雨の呪縛から逃れるにはうってつけの空の色だったから、「いい天気で安心ですね。雨は怖いから」あたりに落ち着いた。これで傷つく人はいない。
 どんな儀式でも殆どの状況下で基本アドリブの僕だが、簡単でいて難しいのが天気の挨拶だ。間違えれば「風向き」まで変えてしまえるのだから。