用意

 その男性の奥さんは医療関係の仕事をしていて、かなりの地位にいる。もう20年くらい色々なトラブルを漢方薬でお世話をしている。とても忙しい人で、最初に処方を決める時だけ本人がやってきて、あとはご主人がとりに来る。
 今日も強い雨の中やってきてくれた。話好きなご主人だから結構いろいろな面白い話をしてくれる。その話が一区切りついた時に、奥さんの定年に引っ掛けて僕の辞め時がつい口から出てしまった。すると彼は「次を用意しておかんといけんよ」と言った。「次は分からんなあ」と言うと「これだけみんなが漢方を取りに来とるんじゃから、そりゃあ駄目じゃわ、みんなが許すまあ」と畳みかけてくる。
 こんな時に僕はこの「みんな」を信用しない。みんなが許さないのではなく「あんたが許さない」のだ。もちろん辞めることを許さない「あんた、もしくは奥さん」はとてもありがたく感謝する。次世代を含めて、できるだけ長く薬を作ってと言ってもらえることは有難いの一言に尽きる。薬科大学で超劣等生だった僕をここまで働かせてくれたのは「あんた」のような田舎の心優し人たち。数えきれない有用な無駄話のおかげで多くの知識を得たし、真面目に不真面目に徹し多くの知識を得た。こうした無作為の作為が次の世代に受け継がれるのか分からない。
 辞め時は病め時?それだけは避けたいと思う。多くの「あんた」のために。