不在

 もうこの人とは何十時間話をしただろう。いつも愁いを秘めていて、もう少し自信を持てばいいのにと思っていた。その人の訴えるとおりに漢方薬を作る、それが僕のお手伝いだ。
 今日は僕の前に腰掛けた時から、何か穏やかさを感じた。尋ねてみると自分でも好転の兆しに気が付いているみたいで、珍しく好反応だった。その人が見つけた自分の解放のきっかけは、それまで自責の念にとらわれていたのだが、実際には自分を責める人たちに非があるのではないかと気が付いたそうだ。何だそんなことが転機となるのかと不思議に思うかもしれないが、実際、人を責めるより自分を責めるのが得意な人はいるものだ。
 それは一種の美徳かもしれないが、その美徳の宿主が、自身を傷つけたのでは美徳では終わらない。むしろ自爆だ。むやみに人を責めてはいけないが、自分より力を持っている人間や組織には大いに立ち向かうがいい。逆に相手の立場が弱ければいたわるがいい。この国の人は、強きに弱く、弱きに強いと言う救いがたい集団になりつつあるが、「格好いい」人はまだまだいると思う。そんな人に巡り合えたらどれだけ血沸き肉躍るだろう。ヒーロー不在の国、それがこの国。