二十四の瞳

 われは海の子白波の・・・・でも知らないことは多い。今日ある患者さんと話をしていてそう思った。姉と同級生の男性が処方箋を持って来て、薬ができるまで僕はその人と雑談をした。ただ、結構興味深いことが多くて、同じ町に暮らしていても何を趣味にして暮らしているかで経験することは結構違うものだと思った。
 牛窓の沖には結構大きな前島と言う島がある。そしてそのまた沖には小豆島と言うこれまたかなり大きくて観光で有名な島がある。二十四の瞳と言う小説で優位名になった島で香川県のものだ。オリーブ園に上って眺めれば、小豆島が意外と近くに見えるが、僕達がそこに行こうと思えば車で40分かけて岡山港に行き、フェリーに乗り換えて1時間かかる。2時間見ておかなければたどり着けない島だ。
 そこは結構な漁場でもあり、患者さんはかつてしばしば通ったらしい。こんなに大きなタイが釣れるなどと具体的に教えてくれたが、それはもう過去の話で最近はあまり釣れないらしい。
 「フェリーで行ったら2時間かかるでしょう」と尋ねると、彼らは小さな船を共同で持っていて、その船で通ったらしい。「どのくらいかかるの?」と尋ねると「約4里だから、早い船だったら20分か30分で行ける」と教えてくれた。この4里は昔からの言い伝えらしくて、いまだ里の単位を使うのが面白い。恐らく漁師たちの言い伝えだろう。
 「小さな船で怖くなかった?」と尋ねると「怖いことは何回もあったよ」と教えてくれたが、やはりと思った。と言うのは四国フェリーで何度も四国には渡ったが、一度だけ瀬戸大橋が通行止めになるくらい強風が吹いた日、唯一帰ってこれる手段がフェリーだった日に乗った時のこと、揺れるたびに左右の海面がぐっと視界に入って来たのだ。海面と同じ高さになるのではと思うくらいあの大きなフェリーが揺れた。その時の波は恐怖のあまり台風並みにも思えるほど高かったが、もしあの波があるときに小さなプレジャーボートだったらと思うと生きた心地がしないだろうなと思ったのだ。
 天気予報で波が0,5メートルなら大丈夫。0.5から1メートルなら危ないとは彼らが導き出した経験らしい。
 普段は薬をもらったらすぐに帰っていく人だったが、今日は30分くらい話をした。船の免許証まで財布から取り出して見せてくれたが、羨ましそうにそれを見る僕を見て、良い人生だったと思ってもらえただろうか。