気配

 瓢箪から駒ではなく、コロナから駒。
 僕がその石段を上がったのは30年ぶりだろう。すぐ下に広がる海水浴場には何度も行くが、そこから石段を何段も上がって牛窓神社に参拝することは30年来なかった。30年前はと言えば、まだ若くて力もあったから神輿の担ぎ手として石段を下り、また上ったのだ。20人以上ではないと担げない重たさのものを良くも担げたものだと思う。ただし僕の部落は、お百姓や漁師が少なくてどちらかと言うとひ弱な人間が多いから、台車を借りるという姑息な手段も大いに使うのだが。
 例によって暇を持て余しているベトナム人が4人、せっかく薬の難しい本に集中できていた僕を呼びに来た。4人ともお化粧をばっちり決めて服も決めている。遊びモード満開だが、もう十分牛窓は紹介しているから今更どこへと迷った挙句浮かんだのが牛窓神社だった。
 と言うのは最近ある町外の患者さんが、僕の漢方薬を受け取った後「牛窓神社に参拝してみようと思います」と言って出て行ったのだ。何でも中腹につつじが咲き誇っているというのだ。町外の方がわざわざ見に寄るのかと不思議な情報だったが、機会があれば一度訪ねてみようとその時思った。この機会を利用しない手はない。
 砂浜で少しばかり写真を撮った後上り始めた。昨日の雨で落ち葉が濡れていた。意外と石段はたくさんあり次第に息が切れそうになった。ちょうどそのころ中腹に差し掛かり、偶然わき道から出てきた人たちに会った。僕は初めて意識した道だったが、それにつられて入っていくとまさに長寿と思しきつつじ達が、残念ながら満開ではなかったが、迎えてくれた。そしてその小さな丘に展望台があった。神社にふさわしく清楚なつくりではあったが、見下ろす町並みと、見渡す瀬戸の景色を堪能できる。オリーブ園からの景色もいいが、いわゆる中腹あたりから眺める景色もよいものだった。金毘羅様のように参道にお店一つないが、日常から少しばかり離れてみたい方にはうってつけかもしれない。木々に囲まれて上る石段は、煩わしい人の気配を消してくれる。思いもかけぬ感動が今日もあった。