阿漕

 その男は随分と運のいい人間だと思った。
 高速道路で例のあおり運転をして、おまけに暴力を振るって逮捕されたが、本人にとって警察に無事捕まってよかったと思う。もしあおって止められた運転手が、止めた男よりより暴力的な人間だったら返り討ちにあっていただろう。より冷静な人間なら、暴力を振るった後、背中を向けて自分の車に戻ろうとしてたときに、後ろからひき殺されていただろう。雑踏で見つかったときには多くの通行人にリンチに会っていただろう。
 市井の普通の人々がいつも忍耐強い被害者とは限らない。堪忍袋の緒はもうかなり切れかけている。彼らは臆病ではない。普通の人が大切な人を守ろうとして立ち上がったほうがよほど怖い。我慢に我慢を重ねているうちにより冷徹になる。一時の怒りを我慢できない人間なんかよりはるかに凶暴だ。
 あまり阿漕なことはしないほうがいい。今のままなら現代の必殺仕置き人が現れる。