経験

 日曜日の日が暮れた時間、雨の中を僕はベトナム人の寮に、翌日の姫路旅行の打ち合わせに行くべく駐車場から出ようとしていた。するとタイヤが何かを踏んだような衝撃が伝わってきて、動かすには障害があるように感じた。以前このような状況で思いっきりアクセルを踏み、動かしたばっかりに大きく車を傷め、多額の出費を迫られた経験があるので、その夜はすぐに車を止め車外を点検した。すると、水道メーターを覆っている鉄板が車の重みでずれて、水道メーターの穴に垂直に立っていた。そのせいで車が動きづらくなっていたのだ。強引に車を動かせば、地面上に20cmくらい垂直に立っている鉄板を踏むことになる。経験が生きたことに安堵したが、それもつかの間、その穴から大量の水が溢れ出しているのを見つけた。雨が強い夜で、あたり一面濡れているから、そのこと事態は気にならなかったが、このまま朝まで大量の水が道路に流れ続ければ、明るくなってから交通の邪魔にもなる。メーターの穴に手を突っ込んでバルブを閉めてみたが、水の勢いはまったく弱くならない。これは僕の力では無理だと判断して、すぐに地元の燃料店に電話した。燃料店といっても水道工事など幅広くやっている店で、色々な要望にこたえてくれるところだ。
 日曜日の夜7時半、無理を承知で事情を話し、助けを求めた。すると調度会長がいて、すぐに飛んできてくれた。彼が穴に手を突っ込んで取り出したのは、メーターやバブルが取り付けられている部分のパイプで、30cm近くあった。なんと車の重みで、パイプが30cmくらい切断されていたのだ。道理でバブルをとめても何も変わらなかったはずだ。僕の車は重いので、鉄板を垂直に踏んでしまったのだろうと彼は説明してくれた。そして彼は元栓を探してくれて難なく水を止めてくれた。何度も何度も僕は例を言った。こんなに有難い事は無い。通行する人たちにどれだけ迷惑をかけなければならなかったと思うと、その懸念から解放してくれた事に感謝は尽きない。
 おまけに翌日は休日だったにもかかわらず社員を3人出勤させてくれ、朝2時間くらいの時間で完全に修復し、水が使えるようにしてくれた。彼が夜帰る時に「不便ですが、ちょっと我慢してください。トイレが特に困るよ」と言っていたが、それも妻が震災用に買い置きしていた水の本の一部を使うだけでやり過ごせた。
 車も傷ついて不安だったから、会社に持っていって点検してもらったら、若干傷んでいるが走行にはなんら影響が無いらしくてほっとした。ベトナム人の帰国に当たっての思い出作りの旅行は流れてしまったが、燃料店の会長やディーラーの社員の人たちにはとてもお世話になった。とんだトラブルだったが僕は多くのものを学んだ気がした。地元の業者だからこそ急な事態を助けてもらえたし、会長の人柄だからこそ、10分もしないうちに駆けつけてくれたのだと思う。田舎では地元の経営する店がどんどん廃業し、東京を始めとする全国展開の店が闊歩する。利益を全部東京に持って帰り、地方の町には恩恵は無い。消費者であり住人である僕たちが、いざと言うときに本当に助けてもらえる人達を見捨ててはいけない。僕自身の住民としての暮らし方を教示してくれる良い経験になった。