無力

〇〇さんへ


 日本語で「無念」と言う言葉があります。通訳の〇〇さんがうまく訳してくれることを期待します。何故なら、貴女の気持ちを表すのにこの言葉以外に思いつかないからです。
 貴女が急にのどが脹れていることを教えてくれたときに、お父さんが懸念したことが当たってしまいましたが、その病気で国に帰らなければならなくなるとは思ってもいませんでした。何故ならその病気は、薬を飲めば簡単にコントロールできて、仕事は勿論日常生活も従来どおり送れることを、多くの患者さんがもってくる処方箋で知っていますから。だから貴女も当然薬を飲みながら、今までどおり牛窓で働くことが出来ると思っていました。
 早い人で1ヶ月、3ヶ月もあれば症状が治まって従来どおりの体にコントロールされるのですが、会社はその時間もくれないのですね。それどころか、国に帰ってから治療を始めろとばかりに、薬もくれなかったですね。会社どころか病院の医師も、血液検査の表を国の医者に見せろと言っただけでのどの薬を出してくれませんでしたね。未治療のまま貴女は2週間も耐えなければならないのでしょうか。寮に行って7kgも痩せた貴女を見て、お父さんは悲しみよりも怒りを覚えました。もし日本人の従業員が同じような病気になって、同じようなことを会社も病院もするでしょうか。とても大きな会社で、しっかりと貴女達を守ってくれていると10数年思っていましたが、やはりそれは会社にとって役に立っている間って条件付でしたね。企業の論理の前では、僕たちは無力です。
 不本意な帰国を強いられた貴女が、懸命に明るく振舞っているのを見るたびに、心が痛くなります。恐らく家族の期待を背負って意気揚々とやってきたのに、なんら経済的な貢献が出来ないまま帰国する貴女を思うと、辛くなります。貴女とはまだ3回しかコンサートなどに行っていません。いっぱい日本の文化や芸術を紹介したかったのにそれもかないません。
 国に帰って治療をしていただけばすぐに元気になります。貴女は若いから、いくらでも挽回するチャンスはあります。と言うか、ひょっとしたら、今回の不都合な経験があなたを一段と成長させてくれるものになるかもしれません。楽しいときには、精神は吸収することを怠りますが、苦しいときには逆に大きな気づきを得られます。今回の出来事を、将来思い出すことがあれば、貴女を大きく成長させてくれた出来事だったと言えるようであってほしいです。
 もう会うことはないかもしれません。でも、お父さんは、いつもおどけた振りをし、そっと肩をマッサージしてくれた貴女の優しさを忘れません。ベトナムは近い将来、日本などよりもっと豊かになります。あなたも、もっともっと幸せになってね。
                                                  日本のお父さんより

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