断崖

 家を建てるのもリフォームも難しい。ただ家を建てるのは一生で一度くらいだから、失敗を学んでも多くは二度と生かすチャンスはない。
 その点、リフォームなら何度も経験することができる。経験を積むことによって失敗しない方法を身につける。と言ってもこれが素人にはなかなか分かりづらくて、腕前より口先のほうを信じてしまう。総じて口がうまい工務店は腕が悪い。施工前には心地よくさせてくれるが、終わってみれば後悔、いやいや後悔どころか敵意さえ持ってしまう。それだけこの国には怪しげな工務店が多いのだろう。それもそうだ、怪しげな政治屋と卑屈な疫人がやりたい放題なのだから、下々が潔癖であるはずがない。
 我が家も昨年あたりから立て続けにリフォームをしている。その立て続けをもたらしたきっかけはある若い職人との出会いだ。娘夫婦が花壇に凝って雑誌に出てくるような庭を造ったが、それを造ってくれた若い庭師と、後に彼女が結婚した若い職人との出会いだ。そのだんなの誠実さ、見かけや話しぶりではなく、あることを頼んだときの誠実さを見せられて、矢継ぎ早に難題を頼んだら、そのつど誠実に考え解決してくれた。ほんの一例だが、他の業者に依頼したら10万円の修理を彼はホームセンターの500円の商品で解決してくれた。原因を突き止めた彼は500円で解決してくれたのだが、原因が分からないのに10万円の提示をした業者が実際にいたのだ。
 その誠実さのおかげで、彼は結局数箇所に渡って我が家の修理をしてくれることになった。外壁なども含めるから結構な金額になるが、彼の口から修理を提案されたことなどない。まったくこちらの自発的な要望なのだ。ある工務店の一社員でしかない彼だが、本当の意味での現場監督の責任を果たしている。彼が連れてくるそれぞれの職人たちと現場を見ながらテーマを捉えよく議論している。金 かね カネのご時世に誠実に職務を全うしようとする一人の若い人に、何が人間にとって大切かを改めて教えてもらったような気がする。
 残念ながら現代の世の中を動かしているのは、誠実の対極の生き方をしている人間ばかりだ。1億円ばら撒く人間の会社の製品を貯蓄がない人間が買う。戦争犯罪人の孫を掃除大臣に、戦争で殺された百姓の子孫が選挙で選ぶ。何十兆円も内部留保をさせてやった社員が、20年前と変わらぬ賃金でこき使われれ、やがて東南アジアの人間たちと競わされる。
 無知の前で飼いならされた人たちが、見えない鎖につながれ、行列をなし絶望の断崖に進んでいるのが見える。