虐待

 ごくごく普通の家の子供だったけれど、いつの間にか「弱きを助け強気をくじく」くらいの気概は持っていた。誰に教わったわけではないが、自然と身についていた。恐らく身の回りにそんなことを口にする大人がいたのだろう。その影響で撲は子供ながらに常勝の人や集団が嫌いだった。当時で言えば巨人と大鵬。それらに負かせれる側をいつも応援していたから日の目は見なかった。
 最近のニュースを見ていて何十年前のそんなことを思い出す。もし、当時のような気概を育つ中で教えられるチャンスがあったら、多くの事件は回避されていたはずだ。自分より弱いものにしか力(暴力)を行使できないような人間が多いから、幼い子供を虐待するような事件が続くのだろう。強い人間までとは言わないが。せめて普通の人間としての強さを持っていれば弱いものを標的にはしない。よほど自分に自信がないから幼子に手を出すのだろう。
 どうせ捕らわれて法務局の別荘に入るのなら強きに抵抗してみろと言いたい。ご法度の裏街道を行くような人ではなく、金と権力を私物化している悪の権化たち。どんなやつかはテレビのスイッチをいればニュースの時間帯に出てくる。なけなしの庶民の金を国中から集め、自分たちの仲間で分け合っているやつらだ。イヤホンを耳に差し、1日中大人たちが作ったおもちゃに目を落としていたら、やつらの思うつぼだ。見えない鎖につながれ、餌を与えられ、小さなハウスで眠る。そのために生まれてきたのではないだろう。見えない虐待を日常的に受けているのは自分たちだ。屈辱にまみれて生きてどうする。