教訓

 なんて優しい顔をしているのだろうと、その家庭の雰囲気を想像しながら訴えを聞いていたが、情報を集めて漢方薬を作る段になって、つい要らぬ話を始めた。まあ、よくあることなのだが。
 その子は吹奏楽をやっていて、クラリネットを担当している。中学校の時に無理やりトロンボーンをやらされて、半世紀以上経った今でも恨みつらみの僕からしたら、旋律楽器をやっている彼女は単純に幸せだなと思った。当時僕がもしサックスでも担当させてもらっていたらずっと音楽を楽しんでいたと思う。中学生の頃の、物事を吸収する力は、その後のどの時期よりも数段優れていて、取り返しが付かない時期だ。当時ブラスバンド部は行進曲ばかりやっていて、いわゆる後打ちばかりを3年間やらされた。その子は、クラリネットだけでなくピアノも出来るらしい。この後の長い人生をどれだけ音楽が慰めてくれるだろう。どれだけ音楽が生活の質を高めてくれるだろう。
 薬を作りに調剤室に消える前に、将来はジャズをやったらと言うメッセージを込めてテイクファイブをユーチューブで聴いて貰った。すると彼女はいい曲だと言った。中学生にしてジャズが分かるのだ。その評価に気をよくして次はボブマリーノノーウーマン ノークライを聴いて貰った。そして最後はスタンバイミーを聴いて貰った。面白いのは中学生の女の子に、まるで学生時代そのままの熱い気持ちで音楽の話をしたことだ。当時、ボロアパートの部屋に集まり、タバコの煙に咽びながら朝まで話し込んだときのようだった。
 面白いものだ。僕の子供たちともこんなに一所懸命に話しなどしなかった。ただひたすら働いて、子供の学資を稼いでいたように思う。心に余裕などなかったのだろう。家族が経済だけで結びついていたのだ。皮肉なものだ、もう生かすチャンスはない時期になって多くの教訓を得る。