貴重

 貴重な体験をさせてもらった。
 大雨の中、赤磐市の普門院と言うお寺まで出かけた。毎年この頃に行われている和太鼓集団「GONNA」のコンサートを聴きに行くためだ。道中、臨時で修繕された堤防の決壊跡が何箇所かあり、普段水が見えない川なのに、運転しながら川が勢いよく流れているのをみて引き返そうかと思ったくらいだ。真備町があまりにも有名になったので、道中通過した町の水没はあまり報道されなかった。かつてはどんなに雨が降っていても気にしたこともないのに、さすがに今回の豪雨がトラウマになり、少しばかり臆病になっている自分がいた。
 貴重な体験はこの光景ではない。不謹慎かもしれないが、コンサートの、ある曲の時に、リーダーが平太鼓を持って観客の中に降りてきたのだ。今日はお寺の境内でのコンサートだから、元々狭い場所なのだが、それでも200人くらいいるはずの聴衆の中で偶然僕の傍に陣取って叩き始めたのだ。かれこれ10年以上和太鼓のコンサートに行きまくっているが、その距離50cmで打つのを見た、聴いたのは初めてだ。ご存知の方もいるかもしれないが、熟練した太鼓打ちは、1秒間で両手で17回打てるらしいが、当然彼はそのクラスだ。と言うよりGONNAのメンバーは全てその水準だ。人間離れした技と、そこから響く音に大感激だった。そして盛り上がった瞬間に僕は歓声を上げたのだが、自分の声もほとんど聞こえなかった。あの小さな平太鼓でも、プロが叩けば50cmの距離で叫び声を消すことが出来る。このことは衝撃的で体験してみなければ分からないことだった。職業柄彼らの耳の事が心配になったが、恐らく練習ではかなり音を消しているのではないか。それともプロのスポーツ選手が体を壊してまで頑張るのと同じように、耳を犠牲にしてまで頑張るのだろうか。
 もうこれだけコンサートに行っていると彼らも顔を覚えてくれて、一緒に行ったかの国の若い女性達と写真に一杯収まってくれた。日本の文化を僕は伝えたい。一生懸命演じる人たちを見せたい。「日本に来てよかった」の言葉は、僕には最高のお礼。それ以上何もいらない。