潮位計

 「2万円もするの、すごいじゃないの!」と驚いたら、驚いている僕に驚かれた。恐らく二十歳の頃から腕時計を持ったことがない僕には、2万円もする腕時計はかなりの高級品に思えた。僕がわざわざ興味のない腕時計の値段を尋ねたのは、腕時計に潮位計がついていると僕の目の前に、手首を持ってきて見せてくれたからだ。腕時計に潮位計?、それこそ何を言っているか分からなかった。すると男性は腕時計を外し、潮位計なるものを見せてくれた。なるほど、腕時計の上部に波の形をしたものがあって、波の山の部分に印がついているから今は「満潮」と教えてくれた。満潮の両サイドはなだらかにまるで山の麓のように広がっている。そこの辺りが干潮なのだろう。
 どうして腕時計で潮の満ち干きが分かるのか不思議だったので尋ねてみると、全国の何百箇所の内数箇所を選んで、ぞの情報が送られてくるらしい。僕はGPSか何かでリアルタイムで情報が送られてくるのかと思ったが、さすがにそこまでは進んでいなかった。
 ところで彼が何故そんなものを買ったのかと言うと、店員さんが当然口にした「つりの趣味があるのですか?」ではなく、台風シーズン真っ盛りの今、度重なる台風の接近で、かつての浸水被害のトラウマから逃れられないかららしい。母の薬局はそのせいで結局は潰したが、彼の家も床下浸水したらしい。ウツの漢方薬を時々取りに来る彼は当然気持ちは繊細だ。人より警戒心も強い。実際に台風の備えに関しては病気が似合わないほど行動的でもある。備えあれば憂いなしを地で行っているのだろうが、僕に言わせれば、備えありすぎて憂いだらけのようにも見える。