猿轡

 喜んでいいのか悲しんでいいのか本人も悩ましいだろう。
 整形外科の処方箋を持ってきた60歳の女性は、「シップだけじゃろう」と言いながら僕に処方箋を渡した。そして身振り手振りで膝の痛みを説明してくれた。立ち上がるとき、車から降りるとき、日常生活の動き始めの全てで痛みが出る。もう3ヶ月痛みで苦しんでいる。この辺りでは有名な病院に意を決してかかったのだが、色々な角度からレントゲンを撮った挙句の診断が「60歳にしては若い」だった。膝のクッションもほとんど磨耗していないらしい。「レントゲンを撮るときに中腰にされたり結構辛かったのに、何も悪いところが無いんじゃ、どうしたらええのかわからんわ」と成果の無さを嘆くが「何処も悪くないことが分かってよかったじゃない。太鼓判を押されたのだから運がいいよ」と僕は答えた。が、本心は違う。訴えを聞いていて漢方薬なら治すことが出来ると思った。関節の中が悪いんではない。恐らく血流がかなり悪い人で、そこを改善すれば痛みはなくなると思った。その根拠はここでは言えないが、漢方薬を30年以上もやっていればそんなこと簡単にわかる。ある部位の血流を改善すれば随分と楽になってくれるだろう。ただし、病院の患者さんにそんな提案は出来ない。せめて心地よく帰ってもらうために、何もなかったことを喜ぶべきだと、楽天的な言葉を投げかけた。
 医薬分業になってから随分と窮屈になった。言いたいことが言えなくなった。災いの元くらい活躍していた口なのに、今は猿轡状態だ。日本の国民も、政治屋や疫人にどうやら猿轡状態で、それでいて何も感じないらしい。哀れなものだ。