方向感覚

 いつからか明らかに僕の土地勘は狂い始めた。昔は自信があった。車は勿論持っていなかったし、バス代も電車代も出来る限り倹約したからよく歩いたものだ。方角を何となくかぎつけ、どうにか辿り着ける自信はあった。途中で道を尋ねることも少なかった。1地時間や2時間歩くことは平気だった。
 ところだが、今はもうだめだ。広島のお医者さんの漢方研究会に日曜日に行くにあたって、会場をインターネットで調べて頭に入れていおいたのだが、何と駅の南北の出口をそもそも間違ってしまった。まず駅を出て左に進み、二股に分かれた道を右手に進むと、目の前にすぐ医師会館が現れる・・・・はずだったが、そんなものはなかった。午前中宮島に行き、研究会の後、原爆ドームにかの国の女性2人を案内したかったから、研究会の2時間を挟むように予定を組んだ。ところがそれらしい建物が見当たらない。しかし偶然、昼食の駅ビルでのお好み焼きが混雑することなく早く食べることが出来たので、時間ぎりぎりでなく20分くらいの余裕があった。本来なら僕は自力でこの状況を切り開くタイプだが、4時15分に広島駅でかの国の女性達と再会する予定だから、全てスケジュール通りに進めなければならなかった。日本語が全く分からない彼女達とはぐれたらきっと2人は牛窓に戻れない。そういった理由で迷うことなく、偶然見つけた不動産会社に入って道を教えてもらった。
 残念ながら、駅から南に出たらしく、線路を越えていかなければならない。およその方角を聞いたからそこからは昔取った杵柄でぐいぐい歩みを進めたが、目印のユメタウンが現れてこない。開始時間10分前なのに必ず目に付きますと教えてくれたスーーパーが目に入らない。そこで方向感覚に優れていると言うかつてのプライドを脱ぎ捨てて、あるおじいさんに尋ねた。ただ、何となく不安だった。どう見ても、しっかりしているようには見えなかったのだ。ビニールの袋に弁当らしきものを入れていたが、ひょっとしたらアリセプトでも飲んでいるのではないかと思える風貌だった。ただ時間は迫っているし、炎天下で通行人は少なかったしで藁をもつかんだ。ところがその藁は予想通り何の役にも立たないというか、余計深みに引きずりこまれた。と言うのはそのおじいさんが教えてくれたのは、ユメタウンではなく、他の名前のスーパーだった。
 そこでの失敗を取り返すことは出来ずに結局5分くらい遅刻して、そっと講義が行われている部屋に忍び込み末席を汚した。お医者さんばっかりの集まりに作業ズボンにTシャツ姿の僕は似合わないが、折角広島まで来て、何の収穫もなく帰るのは嫌だったので、溢れんばかりの汗をクーラーで自然乾燥させながら、多くの地域の名士達の頭越しに知識を集めた・・・が、集まらなかった。