判子

 毎日色々な会社から薬が送られてくるが、運送業者は4社だ。今日、その中のひとつが運んできてくれた荷物を受け取るときに、いつものように判子を押そうとすると、なにやら携帯電話みたいなものを僕の前に差し出し、サインしてくださいと言った。携帯電話にサイン?意味がわからなかったので尋ねると、細長い棒を僕に手渡し、画面にサインするように促された。昔、子供のおもちゃで棒でなにやら書いた後、用紙を剥がすと消えるようなのがあったが、まさにそのようなものだった。これで受け取りの証拠になるのか不思議だったが、言われるままに書いた。ところが結構難しくて、唯でさえ字が下手な僕がそれに輪をかけたのだから、ほとんどアラビア文字だ。日本語には見えない。「これでいいの」と自嘲気味に尋ねたが、まさかダメとはいえず笑いながら出て行った。あんなのなら誰が書いたか分からないだろう。問題は起きないのだろうかと不思議でならなかった。
 西濃運輸、お前もかと言いたいところだ。でも、あの強面の運転手のほうが僕より数段先を行っている。あんたには似合わないだろうと言いたいくらいだが、クールにこなしている。この手の物には付いていかないぞと僕は結構確信犯なのだが、時にその信念が揺らぐことがある。便利ではあるがよい方向に向かっているとは思えないのだ。便利の影でなにやら取り返しのつかない大きなものを失っているような気がしてならないのだ。出来れば僕は判子を押したかった。